―興味―
フェリア村の周囲には、エルネアの森と呼ばれる広大な森林地帯が広がっている。
薬草を探しに森の外れまで足を運んだその日、
彩子は、いつもと違う静寂に気付いた。
──妙だ。
鳥の鳴き声すら、聞こえない。
慎重に一歩、また一歩と進んだその先。
木立の間から、一人の男が現れた。
長い黒髪。
銀色に光る瞳。
深い闇を纏いながらも、どこか孤高な雰囲気を持つ存在。
(……魔族?)
直感で分かった。
相手がただ者ではないことも。
男は、彩子を見ると、わずかに首を傾げた。
「──人間、か。……妙な気配を纏っているな」
その声は低く、落ち着いていたが、わずかに興味を含んでいた。
彩子は、気を張りながらも冷静に男を見つめ返した。
「あなたも……普通の存在じゃないわね」
魔族か、人間か。
それを超えて、相手が持つ"何か"に、彩子は気づいていた。
男──リュシアン=ヴァルゼイルは、ふっと小さく笑った。
「この辺りの人間は、我らを見れば震え上がるものだが……
お前は、違うようだな」
「命に、種族の違いはないと思っているから」
彩子は、飾らない言葉で答えた。
それは自分自身を貫いてきた信条だった。
リュシアンは、その言葉にわずかに目を細めた。
「……奇妙な人間だ」
言いながら、彼は背を向けた。
だが、その歩みを止めず、静かに言葉を落とす。
「──覚えておこう。
アヤ、と呼ばれる存在を」
(……名前、言ってないのに)
彩子は驚いたが、問いかける間もなく、
リュシアンは森の奥へと消えていった。
ただ、去り際の銀色の瞳には、確かに"興味"の光が宿っていた。
彩子はしばらくその場に佇んでいた。
胸の奥に、小さなざわめきが生まれていた。
──何か、大きな運命の端緒に触れた気がする。
そんな、言葉にならない予感だけを胸に。
そして、この後──
彩子は森で傷ついた少年と出会うことになる。