彩子の最期 ―見つめる存在―
鈍い衝撃音と共に、彩子の体は宙を舞った。
空を、地面を、何もかもがぐるりと回転する。
地面に叩きつけられた痛みさえ、感じなかった。
ただ、光が遠ざかる──。
(事故、か)
死はいつでも突然訪れる。
これまで何人もの最期を看取ってきた。
悲しくはなかった。
職業柄、状況を正しく判断し、受け止めることを自分に課してきたからか、
意外なほど冷静に、自分の状態を受け入れていた。
『ほんと?』
──不意に、頭上から声がした。
眩しくて、ちゃんと姿は見えない。
でも、恐ろしいとは思わなかった。
(天使? 女神? それとも神様?)
信仰心はなかったが、"存在している"こと自体は、自然に受け止められた。
『お疲れ様』
優しい声。
柔らかく、心に染み込むような音色。
『でも、心残り、あるでしょ?』
──いや、これと言って、ないはずだった。
クスクスと、楽しそうな笑い声が響く。
『あのね。あなたに救われたっていう魂たちが、どうしても!ってお願いしてきたの。
あなたに、叶えてほしい願いがあるんだって』
──何を?
そう尋ねる間もなく、声は続けた。
『あ、もう時間だから。──またね!
家にある、茶色い表紙の本。じっくり読んでね』
(え?)
いきなり何なの──?
問い返そうとした時、体がぐにゃりと力を失った。
待って。待って、まだ──
必死で声をあげようとするけれど、
心地よい夢の中にいるような、
二度寝に沈み込むような、やさしい感覚に包まれて──
彩子は、静かに意識を手放した。
-----
次に目を覚ました時、
彼女はもう、異世界の森の中にいた。