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白衣と影と憧れの距離

──王立医術院・北講堂 午後


 「――な、なんていうか……すごいよな。魔王国で、“国の英雄”だってよ。アヤ先生」


 午後の講義が終わった北講堂には、まだ熱気が残っていた。

 若き研修医術士たちは、長机の周囲に集まり、手元の新聞や魔導端末に映る見出しを食い入るように見ていた。


 『魔王国、新王即位──傍らには“白き医術士”』

 『戦乱の地に、命を紡ぐ者あり』


 見出しの下には、戴冠式での写真。黒銀の衣を纏い玉座に座す魔王と、その隣に立つ白衣の医術士の姿があった。

 それは、紛れもなくアヤだった。


 「魔族を救った、感染症を治めた、魔物化すら止めた……信じられるか? 俺ら、あの人に手術の練習見てもらってたんだぞ」


 「でも、あんなの……現実感ないよ。雲の上どころか……もう、別の次元に行っちゃったみたい」


 言葉にしづらい感情が、若者たちの間に波のように広がっていた。


 廊下の掲示板には「アヤ医術士・帰国報告講演予定」と記されたポスターが貼られていたが、そこには「延期」と大きく赤字で記されていた札が重ねられていた。


 その文字を、ミレイは無言で見つめていた。

 他の誰よりも近くで、アヤの背中を見ていたはずなのに――彼女はいま、遥か遠くへ行ってしまったように感じていた。


 「……会いたい?」


 隣に立ったサリアが、そっと声をかけた。


 ミレイは、少しだけ目を伏せたまま、ぽつりと答える。


 「……わかんない。嬉しいよ、すごく。誇らしいし、尊敬してる。

 でも、同時に……怖いの。私、自分がどれだけ“遠くにいるか”を思い知らされた気がして」


 そこにあるのは、畏敬だった。追いかけるにはあまりにも遠く、触れるには神聖すぎる存在。

 かつて彼女の言葉に救われ、手技を学び、励まされてきた。

 でも――同じ道を歩んでいるつもりだったのに、今は足元すら見えないほどの差を突きつけられていた。


 「それでも、“追いかけるのをやめる理由”にはならないよ」

 サリアは柔らかく微笑んだ。


 「アヤ様が誰より遠くへ行ったなら、私たちは“その跡を、誰かに渡せるよう”努力すればいい」

 「彼女が照らした道を、ただ見上げるだけじゃなくて、次の誰かを歩かせる者になればいい」


 その言葉は、まるで灯のようだった。

 ミレイの胸の奥で、じくじくと疼いていたものを、少しだけ溶かしてくれた。


 「……そうか。

 私は、先生のようにはなれない。でも、“先生が信じたもの”を、守れる医術士になりたい」


 それは、羨望から一歩進んだ、自分自身の願いだった。


 その時、校内放送が流れた。


 『王国=魔王国合同研究拠点への第一期研修選抜チームが発表されました。関係者は講堂前掲示板にて確認してください』


 ざわつく空気の中、ミレイとサリアは廊下へと歩き出す。

 掲示板の前には、すでに多くの研修生が集まっていた。


 ――ミレイ=ハーヴェル


 自分の名前を見つけた瞬間、胸の内に静かな震えが走った。

 驚きでも、歓喜でもない。けれど、確かに身体の奥底から何かが動いた。


 「……私は、やるよ」


 その言葉に、サリアが笑みを浮かべる。


 「うん。アヤ様もきっと、喜ぶよ」


 廊下の窓から差し込む夕陽が、ミレイの瞳に淡く光を映した。

 それは、遠くの憧れへ向けて、もう一度足を踏み出す覚悟の証だった。



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