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波紋

──アデルナ王国・王都議会 朝


 王都の朝は、かつてないほどの重苦しさに包まれていた。

 晴れ渡る空の下、王城に隣接する円形議場の扉が開かれた瞬間、議員たちの怒声と囁きが交錯した。


 「魔王国との個人的な関係が、王国の外交指針に影響するなど前代未聞だ!」

 「医術士とはいえ、“魔王の加護を受けた女”を王宮に迎えるなど――正気の沙汰ではない!」


 円卓を囲む貴族たちの声は、議場の高い天井に反響し、まるで渦のように場内を満たしていく。

 その中心に座すべき存在――アデルナ王国国王、レオンハルト=アルバート・アデルナは、静かに沈黙を守っていた。


 彼の前には、最新の報告書が置かれていた。  “魔王レグニス=アーガイル、玉座に即位”――昨夜、魔王国全土に布告された正式な王の即位である。


 王座に就いた者は、もはや個人ではなく国の顔となる。

 その人物と深い縁を結ぶアヤの存在が、王国にとってどう映るか。

 予想はしていた。それでも、目の当たりにした議会の反応は、想像以上だった。


 「陛下! この件、正式にご説明をいただきたい」

 怒声が飛ぶ。

 「魔王レグニスと医術士アヤの関係は、すでに民の間でも囁かれております。

 もしや陛下も、あの者を――」


 その言葉が“妃”に繋がる前に、若き議員の一人が席を蹴るように立ち上がった。

 「黙りなさい!」

 響いたのは、文官出身の改革派議員、エラン=トリスメルの声だった。


 「魔王国との関係強化は、この十年で最大の外交成果です。アヤ殿が王国の名を汚すような行いをしたと、何を根拠に断じられるのです!」


 保守派の議員が椅子をきしませながら立ち上がり、鋭い目で睨み返す。

 「王族に連なる者と“個人的な関係”を持っている時点で、すでに中立ではない!」


 「では逆に問おう」

 エランは一歩、円卓の中心に進み出た。

 「彼女が“王族ではなく、一市民”であったなら、同じように罵倒されただろうか?

 医術士として命を救った者が、魔族であろうと人であろうと等しく手を差し伸べた。

 それを王が見守った――そのどこに非がある?」


 場内が、静まった。

 その静寂の中で、ようやくレオンハルトがゆっくりと立ち上がる。


 彼の目は、全ての議員を一人ずつ見渡すように動いた。


 「……アヤは、王国に利益をもたらす“道”をつないでいる」

 低く、しかし確かな声が響く。


 「私は、その道が“誰の手で引かれたか”よりも、“どこに続いているか”を見る」


 そして彼は一度、視線を落とし、深く息を吸った。


 「もうひとつ……私は彼女を“支配しない”と決めた」


 議員たちの間で、ざわめきが走る。

 レオンハルトは、続けた。


 「彼女は、自らの意志で歩く。私が手を引くことも、檻に入れることも、拒んだ。

 それでも彼女は、幾度となくこの国を救ってくれた。

 ……その選択が、この国を照らすのであれば、私は信じて、ただ“待つ”。

 それが、私の王としての責任だ」


 静まり返った議場に、王の言葉が響く。


 その瞬間、エランは内心で息を呑んだ。

 (……この人は、“見守る王”なのだ)


 強引に導くのではない。力で支配するのではない。けれど、その背中は揺るぎない。

 まるで、アヤの医術が“相手の治癒力を信じて支える”ように――レオンハルトは、民と彼女の“選択”を信じていた。


 議場の片隅では、反発を口にしかけた神殿派の重鎮が、ふと沈黙した。

 彼の隣で若い文官が頷き、小声で「……陛下の言葉、間違っておりません」と囁く。

 保守派の一部は、顔を曇らせながらも黙って席に着き、一部の改革派は安堵の溜息を漏らした。


 数名の議員が退席を申し出て、音もなく扉が閉じられる。


 レオンハルトは、剣ではなく言葉で国を守る覚悟を――この日、はっきりと示した。


 彼の胸の内には、アヤの存在が大きく刻まれていた。

 それは、ただの恋慕ではない。

 彼女の在り方、生き方、それそのものが、“民の命を守る”という王の誓いと重なった。


 だからこそ、彼女を閉じ込めることはできない。

 彼女の力が、この国を超え、命を繋ぐ道となるなら――それを支える者でありたいと、そう願ったのだった。


 議場の光が差し込む中、レオンハルトは静かに、席へと戻った。

 その背に、かつてないほどの重みと静けさが宿っていた。


 それは、王としての信念。

 そしてひとりの男として、彼女の選択を信じる覚悟だった。

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