再会
──魔王国辺境・外縁医療拠点
灰色の空に、鈍く湿った風が吹く。
かすかに血の匂いを含んだ空気が、狭い路地裏の診療所を覆っていた。瓦礫を積み上げたような建物の隙間には、粗末な白幕が張られ、臨時の医療拠点が設けられていた。
アヤは、診察台の上で眠る少年の顔を見つめていた。
息は浅く、喉からは断続的な咳。魔素に敏感な体質のせいか、熱は高く、肌も紅潮している。
診断結果は「魔素性肺炎」――魔力に反応する微細粒子によって引き起こされる急性呼吸障害。帝国でも、いや魔王国でも、確立された治療法はまだない。
だがアヤには、異世界の知識があった。
細胞性免疫と魔素反応のメカニズムを重ね合わせ、即興で組んだ治療計画。
時間との勝負だった。
外ではざわめきが広がっていた。
「……あれが“王国の白衣”か?」 「王国の医術士が、辺境まで来たらしいぞ」 「人間の癖に、この地に踏み入るとは……」
囁きは、やがて中傷に変わる。
「女一人で乗り込んできて、何ができる」
「偽善だ。魔族にいい顔して、何を狙ってる」
アヤの指が止まった。 点滴の針を構えていた手がわずかに震える。
(……まだ、言われるのね。こんなにも、目の前で苦しむ命があるのに)
言葉には出さなかった。
ただ、心の奥で静かに呟いた。
(でも――これが初めてじゃない)
幾度も、同じような場面を越えてきた。 王国でも、魔王国でも、帝国でも。そう、前世の現場でも。人であること、異なる知識を持っていること、それが理由で疎まれ、疑われた。
だからこそ、アヤは無言で対応することを覚えたのだ。
ただ、命の前では、言葉は不要だと知っていた。
治療が終わると、アヤは薄暗い休憩室に戻り、そっと鞄を開いた。
中から取り出したのは、小さな木箱。
その中には、黒く光る「角」が一つ――
――角笛ではない。ただの角。しかし、それは『契り』そのものだった。
それを託してくれたのは、魔王国の青年――レグニス。 あの夜の言葉が、胸の奥で静かに甦る。ネックレスになっているそれを、アヤは首にかけた。
◇
――魔王国・即位式の前夜。
「君は、あまりにも危うい」
レグニスの声は低く、静かだった。
「敵にとって、君は“理不尽な光”だ。誰の命も平等に救う姿勢は、時に怒りを生む。世界はまだ、その優しさを受け入れるには幼すぎる」
彼の眼差しは、どこか悲しげで、深い慈しみを宿していた。
「この角は、我が王家の“護角”だ。私の力の一部が込められている」 「危機に際して、ただ“信じて”握ってくれ。それだけで、私は君を見つけられる」
アヤは小さく笑った。
「……随分便利なGPSね」
レグニスも、微かに口元を緩めた。
「君の命が、私にとっては“座標”そのものだから」
◇
そして今――
アヤの手の中の角が、ほんの僅かに熱を帯びたように思えた。
錯覚だろうか。
「……気のせい、じゃない」
その瞬間、背後の空気が変わった。
気配――殺気。
アヤが振り返ると、そこには全身を黒衣で包んだ男がいた。
帝国の暗殺組織《黒曜》。
選び抜かれた精鋭の影たち。その一人が、音もなくそこにいた。
「……ここで死ね」
冷たい声とともに、男の手から魔法の刃が現れる。
アヤの心臓が一気に跳ね上がった。
(殺される――本気で)
足がすくみ、手が震え、呼吸が浅くなる。 “死”が目前に迫る恐怖。 それでも、彼女の手は、懐の角を握りしめた。
(レグニス………!)
強く握ったその瞬間――
光が弾けた。
紫紺の閃光が空間を裂き、空気が震える。
天井を突き破って、転移魔法陣が顕現する。
そこから現れたのは、漆黒の外套をまとった青年――魔王レグニス。
彼の眼には、激しい怒りが宿っていた。
「……我が認めた者に刃を向けた罪。その報いは、命では足りぬ」
瞬間、闇の剣が閃く。
襲撃者は、声を上げる間もなく塵となって消えた。
アヤは、その場に膝をついたまま、彼を見上げる。
目に涙が滲んでいた。
「……来てくれたのね……」
レグニスはそっと彼女の肩に手を置き、優しく言った。
「当然だ。君を手放す気など、最初からない」
彼は手を差し伸べる。
「生きていてくれて、ありがとう」
アヤは、その手を取った。
体温と共に、安心が胸に満ちていく。
それは、言葉にしなくても交わされた――命の契り。
再び出会うべく結ばれた、たった一つの魔法だった。「どうした.......?」
アヤの手を取り立ち上がらせようとしたレグニスが問いかける。
「........腰、抜けたみたいで.......力が入らない」
アヤは顔を真っ赤に染めて呟いた。
その様子にクスリとレグニスが微笑んだ。
「では.....」
「え?...きゃあ!」
彩子の身体が浮き上がる。
(え......これって......お、お姫様抱っこ.......?)「歩けないのだから仕方ない....だろう?」
微笑む彼はレイの表情そのもの。
「よ...よろしく....お願い..します」
恥ずかしさ恥ずかしさでいっぱいの中、彩子はレイにその身を預けた。




