交差する命
──王立医術院・大講堂・午前十時。
天窓からやわらかな陽光が差し込む大講堂には、王立医術院の研修生を中心に、貴族の医術後援者や王国軍医師団の上層部、さらには各地の医療関係者など、多くの関係者が詰めかけていた。
壇上には、使節団の医術大使として帝国より帰国した彩子――アヤが静かに立っていた。
整えられた姿勢に、柔らかな白の制服が映える。周囲のざわめきが収まっていく中、アヤは一礼し、ゆっくりと口を開いた。
「……帝国における医療制度は、中央集権的であり、技術伝達と命令系統は非常に明快です。一方で、末端への医療資源の分配には偏りがあり、特に下層民への対応には深刻な課題があります」
淡々とした口調のなかに、確かな熱が宿っていた。
大講堂の空気がわずかに動く。
彼女の声は、まるで凪いだ湖面に一石を投じるように、ゆっくりと聴衆の心に波紋を広げていく。
「私が帝都で行った活動の一部を紹介いたします。皇子の救命処置、貧民街での巡回診療、そして緊急時における市民へのトリアージ対応――」
後方に設置された水晶板には、現地での簡易記録が映し出される。魔法具を通じて記録された映像には、混乱する帝都の一角、感染症拡大を前に奔走する医術士たち、そしてアヤが必死に市民を救う姿が映っていた。
場内には静かなざわめきが走った。
「……ですが、私はその中で“希望”を見つけました」
アヤは一度目を閉じ、深く息を吸った。
「現地の若い医術士たちの中には、“変わろう”としている者もいました。彼らと命を中心とした対話を重ねること――それが、私たちにできる最も誠実な行動です」
その最後の一言には、どこか切実さがにじんでいた。拍手が、ぽつりと後方から始まり、次第に広がっていく。冷静な講演の場であるにも関わらず、その拍手には確かな敬意が込められていた。
──同日・夕刻・王宮・戦略会議室。
扉が閉じられた会議室内では、王国国王レオンハルト、魔王国王レグニス=アーガイル、そしてそれぞれの側近たちが円卓を囲んでいた。
中央には、帰国直後のアヤが立ち、静かに報告を続けている。
「……細菌研究の基盤は、想像以上に高度でした。都市部には魔力隔離設備の整った研究所が複数存在し、一部は帝国直属の監視下に置かれているようです」
アヤの報告に、レグニスの表情がわずかに硬くなる。
「特に、軍医術部門では“魔力耐性の調整”を加えた病原体の研究が進められており……これは、医療用途を逸脱して兵器応用に転じる危険性を孕んでいます」
場内の空気が一気に緊迫する。
レオンハルトは黙ったまま、机に置かれた簡易報告書を手に取り、目を通していた。
「……皇帝とは、会ったのか?」
彼の問いに、アヤは小さく頷いた。
「非公式に、です。“私はあなたを信じたい”と、そう言ってくれました。明確な保証ではありません……でも、あのときの彼の目は……少なくとも、嘘ではなかったと私は思います」
レグニスがふっとため息をつき、微笑を浮かべた。
「君が向き合ったのは国ではなく、人だった。だからこそ、帝国の心臓部にまで届いたんだろうな」
レオンハルトも静かに頷いた後、言葉を続けた。
「この件は、王宮内でも慎重に扱う。研究内容については、王国と魔王国の間で共同管理の“極秘保護案件”として処理する。……その上で、対外的には“交流の成果”とだけ伝える」
側近たちが一斉に頷いた。
「アヤ、君が無事に帰ってきてくれて、本当に良かった」
レオンハルトの言葉には、深い安堵が滲んでいた。
──その夜、王立医術院の学生寮では、研修生たちの間で熱気を帯びた“感想戦”が始まっていた。
「すごいよ、アヤ先生……まさか、帝国の皇子を救ったなんて」
「しかも、あの状況下で市民をトリアージして、暴動寸前だった現場を沈めたって……」
「私たちだったら……冷静に判断できたかな」
ミレイは、寮の共有スペースに集まった研修仲間たちとともに、紙にびっしり書き込んだメモを見つめていた。横には、カルヴァスやサリアもいて、それぞれがノートを開いている。
「……でも、彩子先生も“完璧じゃなかった”って言ってた。誰もが恐怖や迷いを抱える。その中で、どう決断するかが“医術士”の本質だって」
カルヴァスのその言葉に、場が静かになる。
ミレイが、小さく頷いた。
「私たちも、次は“その場”に立つ。いつまでも見てるだけじゃいけないよね」
ふいに窓の外を見ると、夜空には満月が静かに浮かんでいた。
「ここからが、本当の意味での“医術の交差”だね」
その言葉に、誰もが頷いた。
帝国と王国、そして魔族。違う価値観、違う命のあり方。その狭間で交わされた“命を救うための行動”は、確かに彼らの心に火を灯した。
それは、“次の時代”を担う者たちの覚悟と希望。
アヤの一歩が、未来への扉を開いたのだ。




