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使節団と帝国の揺らぎ

──アデルナ王国・王立医術院・作戦準備室。


 明け方の柔らかな陽光が、曇りガラス越しに差し込み、部屋に淡い光と影を描いていた。重厚な円卓の上には、厚手の紙で作られた一式の文書が整然と並べられている。その中央には、「医術交流使節団」正式編成の名簿と行程案──いずれも王印を伴う厳密なものだった。


 使節団の団長に任命されたのは、アヤ。

 その名が記された箇所は、誰よりも小さく、しかし確かな筆跡で刻まれていた。


 副団長には、魔族出身の医術士サリア=リント、そして王国の諜報機関《灰の鴉》より、副長カエルが任命されている。若手医術士の中からは、研修生代表としてミレイとカルヴァスの二名が選出された。他にも、記録文官、王室直属の護衛兵、補給担当の後方支援者たちが編成に含まれ、決して「見学」や「交流」といった生温い枠組みではないことが読み取れる構成だった。


 さらに、今回の旅路にはもう一人、異色の存在がいた。


 ──魔王国より派遣された、王直属の若手武官ロイ=フェンストラ。

 彼の役目は“監視”であり、“交渉支援”でもある。王と魔王が握手を交わしたその日から、今後の連携をにらんで選ばれた“橋渡し”の人材だった。


「これで、帝国に対しても“対等な医術交渉団”としての体裁が整います」


 カエルが報告書の束を捲りながら、冷静に言葉を落とす。表情には一切の感情を見せず、あくまで任務として事を進めているように見えるが、その瞳の奥には、ごくわずかな警戒の色が滲んでいた。


 その様子を見つめながら、アヤはゆっくりと席を立ち、円卓の周囲に座る顔ぶれに目を向けた。


「命のやり取りに、国の境界はない。……でも、命を守る“覚悟”には、旗印が必要なのかもしれないわね」


 静かな声だった。だがその一言には、深い重みがあった。

 誰も反論しなかった。皆が、黙ってうなずいた。


 彼女の背中に、ひとつの覚悟が確かに宿っているのを、誰もが感じていた。





──帝国・ファルセリウス近郊、医術管理局外郭棟・地下会議室。


 分厚い石の壁と鉄扉に囲まれた地下の講義室は、昼夜の区別もつかぬほどの閉鎖空間だった。そこに灯るのは魔光灯の白い光。冷たい空気のなかに、淡々とした講義の声が響いていた。


「……王国の医術使節団が来る」


 そう語ったのは、帝国医術士セイラン=ヴァルメル。

 彼の前には、再教育対象として集められた十数名の若き医術士たちが、真剣な面持ちで座っていた。中には、先の戦で負傷兵の処置にあたりながらも“方針の逸脱”で処罰を受けた者もいる。


「表向き、私は“監視対象の記録官”という任を負っている。だが……本心は違う。私はこの訪問を、真実を見極める機会ととらえている」


 セイランの目は鋭く、そして静かだった。


「あの人──アヤ院長。彼女の“医術”がこの帝国の制度と思想に、どんな反響を起こすのか。それをこの目で確かめたい。……そして、生かしたい。それが、私がここに留まった意味だ」


 その言葉に、室内の空気が静かに震えた。

 互いの目が合う。恐れではなく、決意と共感の色を含んだ視線が、彼に向けられていた。





──アデルナ王宮・政務室。


 白壁に囲まれた静かな執務室。窓辺には王国の国章が掲げられ、厚手のカーテンが春の風にわずかに揺れていた。


 アヤは、出発前の報告を終えたところだった。書類を手にしたレオンハルトはしばらく黙し、ふと笑みを浮かべた。


「……君が向かう先は“敵地”ではない。だが、“理解されるには遠い場所”だ。それでも君が行くというのなら……私は国王としてではなく、一人の男として──君を迎えに行く」


 アヤは、あっけにとられたように瞬きをする。


「えっ……それ、ちょっと怖いこと言ってるって、自覚ある?」


 頬を引きつらせながら、思わず笑ってしまった。けれど、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。


「でも、私は戦うために行くんじゃない。“医術”を届けに行くの。大丈夫。帰ってくるよ、ちゃんと」


 そう言って、そっと彼の胸元に手を当てる。手のひら越しに感じる鼓動が、ひどく頼もしく思えた。


「……きっと、何かを変えて帰ってくる」


「信じてる。君の“変える力”を」


 言葉に偽りはなかった。だが、その「変化」が何をもたらすのか──二人とも、まだ知らない。





 アデルナ王国。魔王国。そして帝国。

 三つの国を繋ぐ“命の道”は、今まさに交わろうとしている。


 その扉が開くまで──あと、三日。


 静かなる決意が、国境を越え、世界を揺るがす第一歩となるだろう。

 それぞれの想いと覚悟を乗せて、「交錯の扉」は、ゆっくりと開き始めていた。

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