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閉ざされた扉の向こう

――帝都ファルセリウス・帝国医術管理局 本庁舎・第零会議室。


 分厚い扉が、重々しい音を立てて内側から閉じられた。金属の閂が滑らかに嵌まり込み、乾いた“カチリ”という音が静寂に沈む。それは、この場が今や完全に外界から遮断されたことを意味していた。


 外の喧騒は、もはや一切届かない。石造りの壁に囲まれたこの部屋は、機密会議のためだけに設えられた帝国の中枢中の中枢――「第零会議室」。内装は質実剛健そのもので、装飾らしい装飾はなく、代わりに天井の魔導障壁が常時展開されている。漏れる言葉はすべて記録され、外には一切出ない。まさに、“言葉の牢獄”とでも言うべき空間だった。


 楕円形の会議卓に着席しているのは、帝国医術管理局の上級局員、軍医本部の高官、諜報部《黒曜》の代表、そして皇帝直属の特命官僚たち。全員が一様に無表情を保ち、沈黙の中に緊張と権威の空気が充満している。机上には議題資料が一枚ずつ配られているが、誰一人としてまだ手を触れてはいなかった。


 そんな張り詰めた空気の中、医術管理局長官、クルーグ=マーデルが立ち上がる。白銀の刺繍が施された官服が微かに揺れ、彼の動きに合わせて場の視線が一斉に注がれた。


 彼は手にした一通の書状を掲げ、重々しく口を開いた。


「……これはアデルナ王国より届けられた正式な申し出。王国と魔王国が共同派遣を予定している“医術交流使節団”の受け入れに関する議題である」


 一拍の間のあと、室内には目に見えぬ波紋が広がる。誰も言葉を発さぬまま、視線が交錯する。議場はまるで、風のない深海のように静まり返っていた。


 最初にその沈黙を破ったのは、保守派の軍医官の一人だった。年配の男で、帝国軍医の重鎮。声には慎重さと同時に、明らかな警戒がにじんでいた。


「……敵国よりの使節を迎えるというのか。いかに“医術”の名を掲げようとも、それは外交的敗北と受け取られかねぬ。帝国の威信を失えば、前線の士気にも関わろう」


 発言の背後には、王国に対する不信と苛立ちが透けて見えた。


 だがすぐに、若き改革派医術官、リヴァン=エルドが席を立ち、理知的な声で応じた。


「威信にしがみつくあまり、機会を閉ざす方がよほど愚かです。拒絶すれば、帝国が時代の潮流に背を向けたと映る。我々が今保持すべきは、“選別する誇り”ではなく、“見極める胆力”なのです」


 彼の眼差しは、迷いなくまっすぐだった。その若さゆえの直言は、時に軽んじられもするが、この場では誰も彼を軽んじることはできなかった。なぜなら、リヴァンは現場で“実績”を持つ、数少ない官僚だったからだ。


 続いて口を開いたのは、漆黒の装束に身を包んだ男――諜報部《黒曜》の代表、ディセル。声は低く、抑制されていたが、言葉は鋭かった。


「……“王国の魔女”アヤ。諸君も耳にしただろう。すでに一部の魔族系市民、若手医術士のあいだでは、彼女は“希望の象徴”となりつつある。彼女の入国は、監視すべき不穏分子を炙り出す、絶好の機会とも言える」


 “王国の魔女”という呼称には、諜報の裏世界ならではの皮肉が込められていた。だがその実、ディセルの言葉は冷徹な現実を突いていた。アヤという存在が帝国社会に与える影響は、すでに静かに、しかし確実に広がり始めている。


 場の空気が、さらに重くなる。誰もが、それぞれの思惑と立場を抱えながら、沈黙の中に答えを探していた。


 そのときだった。


 会議室の最奥、玉座代行席に座していた一人の男が、ゆっくりと姿勢を正した。


 皇帝、エドワール=カストリア。その存在は、言葉以上の重みを持っていた。


 彼は卓の上の書状に一瞥をくれたあと、誰に命じられるでもなく、静かに言葉を紡いだ。


「……風が吹いているな、諸君」


 その一言に、場の全員が自然と背筋を伸ばす。


「帝国にとって都合の良い風ではないが、それでも──風は止められぬ。ならば、我らはその風の中に立たねばならぬ」


 静けさのなかで、その言葉はひときわ大きく響いた。


「我は、この提案を受け入れる。ただし、これは“試される側”の慈悲ではない。“試す側”の覚悟として迎えよ。アデルナ王国、そしてその“火種”たる使節団の真価を、その目で見極めるのだ」


 緊張に満ちていた空気が、方向性を得た風のように、一気に整えられる。


 全員が起立し、皇帝に深く頭を垂れた。そこには命令ではなく、確かに“決断”があった。


 クルーグが一歩進み出て、深く息を吸い込む。


「……それが“陛下の御意”であるならば、我ら帝国医術管理局、軍医本部、情報局《黒曜》、すべての関係機関はこの命に従い、然るべき準備に着手いたします」


 その瞬間、書状に押された朱の印が、帝国会議記録台帳に記される。


 その印は、単なる外交文書の受理ではなかった。――帝国が、変革の第一歩を踏み出した、決定的な証だった。


 しかし、その扉の隙間から、見えぬ風が吹き込んでいた。


 それは、長く静かだった帝国の屋台骨に、知らぬうちに罅を入れるかもしれぬ──

 そんな“嵐の前の静けさ”を、誰もが胸の奥で感じていた。

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