踏み出す対話
──アデルナ王国・王立医術院・中央会議室。
室内には王国・魔王国の代表が並び、長机には帝国地図と厚い提案資料が整然と並ぶ。
出席者は、アデルナ王国から彩子、レオンハルト、灰の鴉副長カエル、外交官サリオン。
そして、魔王国からは若き王レグニス=アーガイルと、魔族側外交責任者リュエル=ファズ。
一同の視線が、会議冒頭で立ち上がった彩子に集まる。
「……本日は、ご足労ありがとうございます」
深く一礼し、彩子は一枚の書類を掲げた。
「私からの正式提案です。“帝国医術管理局”との医術交流使節団を組織し、現地訪問を行いたいと考えています」
その言葉に、沈黙が落ちる。
「訪問の目的は、“対話の橋”を築くこと。そしてもう一つ……セイラン=ヴァルメル氏のような、“中から変えようとしている者たち”を守る支援体制の構築です」
「帝国の土を、王国の要人が踏む。相応のリスクを理解した上での提案か?」
問いかけたのは、レグニスだった。冷静な口調の裏に、強い関心が滲んでいる。
「もちろん承知しています。けれど、今この瞬間にも“命”を守る医術士たちが帝国にいます。彼らと共に“新しい命の道”をつくるには……言葉ではなく、歩み寄る姿を示す必要があると思うんです」
「美辞麗句ではなく、実行の段階に踏み出す、と」
魔族外交官リュエルが低く唸るように呟いた。
彩子は頷き、提案書の概要を示す。
◆提案概要(抜粋)
王国・魔王国合同による“医術交流代表団”編成
帝国医術局との合同講義・見学・討論会の実施
帝国側医術士への中立立場からの技術支援
中立地帯における共同実地訓練および衛生調査
帝国内改革派医術士への間接的な保護ルート整備
カエルが補足する。
「“黒曜”の妨害は確実。滞在中は《灰の鴉》と魔王国側《夜巡》が合同で警戒に当たるべきと考えています」
レグニスが椅子に背を預け、真っ直ぐ彩子を見た。
「……君は、“命”のために敵地に入る。ならば我が国も、全力でその背を支えよう。魔王国からも副使を一名同行させる。相互監視ではなく、信頼の証としてね」
レオンハルトもそれに応じる。
「王国側はアヤを正式な“医術大使”と認定し、同行する者たちにも同等の保護を約束する。……これは“国の意志”だ」
──その瞬間、会議室の空気が確かに変わった。
戦ではなく、医の名の下に二人の王が手を組むという小さな奇跡を起こす。
◆会議後、回廊にて
「……ありがとう、レイ。来てくれて、本当に」
彩子が歩きながらそう口にすると、レグニスはわずかに笑った。
「君が命を懸けて進むなら、こちらも“王の器”を試されるだけさ。……でも気をつけて。帝国は、“最も正しい者”を潰そうとする国だ」
「うん……わかってる」
そして、その背後でレオンハルトも静かに呟く。
「……だからこそ、私たちが“支える”」
──その夜、彩子の帝国訪問構想は、二国の合意を経て動き出した。
命のために、対話の火を絶やさぬために。
静かなる一歩は、やがて大きな未来への布石となる。




