村の人々との出会い
森を抜けると、視界が一気に開けた。
木造の家々が点在する小さな集落。
石畳ではない土の道が村の中央を横切り、井戸や木製の看板、薪を積んだ小屋が並ぶ。
山間にあるせいか、空気が澄んでおり、空の青さがどこまでも広がっていた。
「ようこそ、“フェリア村”へ!」
アンナが笑顔で言うと、その背後に人影が集まってきた。
訝しむような視線と、手には農具を持った村人たち。
(これ、どう見ても怪しい人に見えるよね)
自分の姿を見下ろす。
ブラウスにジーパン、肩から掛けたバッグ──この村では完全に浮いていた。
誰もが「見慣れぬ存在」に警戒と好奇心を向けている。
(当然か……)
彩子は心の中で小さく息を吐いた。
異国風というより、異世界そのもの。
自分がこの場に異物として映るのは、無理もない。
「大丈夫! みんな優しいよ!」
アンナが明るく手を振ったが、警戒はすぐには解けなかった。
彩子は集まった人々の中で一歩前に出ている老人に向かって、丁寧に頭を下げた。
「彩子といいます。森の中で倒れていたところをアンナに助けてもらいました」
深々とお辞儀する。
かつて在宅医療に同行していたときに学んだこと──
少ない住人しかいない地域では、よそ者に対して警戒心が強く、受け入れられるまでに時間がかかる。
自ら名乗り、無害であることを示す。それが信頼の第一歩だった。
彩子の態度に、老人は「フム」と息を吐いた。
「私はバルド。この村の村長を務めている者だ」
「アヤはね、治癒の魔法が使えるんだよ!」
アンナが声を上げ、先ほど治ったばかりの腕をみんなの前に差し出した。
「棘で傷だらけだったのに、すぐに治ったの!」
村人たちは興味津々でアンナの腕をのぞき込む。
「いえ、そんな大層なものではないです」
彩子は謙遜した。自分でも何が起きたのかよく分からないのだから。
だが村人たちは、すでに彩子を笑顔で受け入れ始めていた。
ふと、すべての言葉が理解できていることに気づく。
(──異世界耐性。
他にもあるのかな? 後で確認しよう)
現実世界でも、過疎化した村では医療が乏しい。
ここで自分にできることを探そう──彩子は心に誓った。
「そうか、確かにアンナの腕に残っていた傷も消えている。この村に住むことを許そう」
バルドの宣言に、先ほどまでの猜疑心はすっかり消え、村人たちは一斉に笑顔になった。
「アンナの家の隣が空き家になっている。そこに住むといい」
「今晩は私の家で寝るといいよ。お隣さんは少し直さないといけないし」
返事をする間もなく、アンナに手を引かれ、彩子はアンナの家へ連れて行かれた。
その夜、彩子は温かな食卓を囲み、手作りの素朴な料理をごちそうになった。
トントン──
シュッ、シュッ──
バシャ!
木槌の音、のこぎりの音、水をくむ音。
目を覚ました彩子が見たのは、村人たちが総出で隣の家を修理している光景だった。
太陽の位置を考えれば、昼頃だろうか。
(寝坊どころじゃない!)
慌てて外に出てみると、作業は終盤に差し掛かっていた。
村人たちは満足げに帰り支度をしている。
「お、起きたか」
「もう雨漏りはしないよ」
「井戸も使えるからな!」
ヒラヒラと手を振りながら帰っていく男たち。
「あら、室内も何とか整ったわよ」
「ベッドもシーツも使えるからね」
「前の住人が置いてった本はそのままにしてあるけど、要らなかったら処分してね」
女性たちも、満足げに家から出てきた。
最後に、アンナが飛び切りの笑顔で言った。
「アヤ! しばらくは一緒にご飯食べよう!」
「ありがとう! 本当に、ありがとうございます!」
彩子は、ただただ、胸がいっぱいだった。
その日から──
彩子はこの世界で、"アヤ"として生きることを決めた。
自分にできることを探しながら。