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揺れる帝国と芽吹く反逆

──セラヴィア渓谷・連携拠点、食堂棟。夜。


仄かな灯りと草花の装飾に彩られた簡素な会場。集まったのは研修生、医術士、王国兵、魔族兵、そして関係者たち。異なる背景を持つ者たちが一堂に会し、今夜はひとりの帝国医術士を見送る場となっていた。


「……ずいぶんと、賑やかだな」


食堂の隅で控えていたセイラン=ヴァルメルは、肩の力を抜くように小さく息を吐いた。帝国から派遣された自分が、まさかこの場で温かく見送られるとは思いもしなかった。


「そろそろ、挨拶の用意でもしておくべきか」


視線を流すその先。彩子の隣に控える二人の男が目に入る。


──銀髪を後ろで束ねた旅装の青年、黒髪で眼鏡を掛けた穏やかな青年。


(……只者ではない)


直感が静かに警鐘を鳴らす。誰もが気づいている──あえて名を口にせず、見守る王たちの存在。


アデルナ国王レオンハルト、そして魔王国王レグニス。


今宵は“民”の仮面の下で、帝国の若き医術士の人間性を見極めに来ていた。




やがて、場の中心に立ったセイランが、静かに一礼する。


「皆さま、今宵は本当に……ありがとうございます」


あたたかな沈黙が、食堂に広がった。


「私は帝国から“観察者”としてこの地に参りました。任務としての滞在……けれど、ここで得たものはそれだけではありません」


彼は一瞬、視線を彩子に向ける。


「“敵地”にいるはずの私に、命を教え、学びの場を与えてくれた方がいます。そのことに、深く感謝を」


最敬礼を取るセイラン。その姿に、小さなどよめきが広がった。


「私は帝国に戻りますが、ここで学んだことを持ち帰り、医術の発展に生かす所存です。……願わくば、またこの地に、“医術士”として戻る機会があることを」




離れた席から静かに様子を見つめていた二人の王。


「どうですか、レイ……いや、レグニス」


「レイでいい。あの青年……危うさはあるが、誠実さは本物だ。自分の立ち位置を探しながらも、嘘をついていない。だからこそ、希望が持てる」


「アヤが導いた医術の光を、帝国でどう扱うか……それを見守る責任も、我々にはあるのでしょうね」


レオンハルトの言葉に、レグニスも静かに頷いた。


その頃、《灰の鴉》は水面下で動き始めていた──“黒曜”への備えとして。






宴の終わり。外に出たセイランの前に、彩子が立っていた。


「お疲れさま」


「……本当に、驚きの連続でした。できることなら、この場所で、もっと学びたい。……もし、それが許されるのなら」


「王立医術院は、種族も出自も問いません。試験はありますけどね」


「……なるほど」


短く笑ったセイランの瞳に、揺れる光が宿る。


彩子は静かに手を差し出し、彼の手を力強く握った。


「また会えると信じてる。……その時は、“任務”じゃなく、“志”で来てくれると嬉しいな」


──夜風が二人の間を通り抜ける。


王国の希望、帝国の葛藤、そして医術を信じる魂。


その夜、交わった視線は──まだ見ぬ未来への灯火となった。






──帝都ファルセリウス・帝国医術管理局 地下書庫。


石造りの静謐な空間で、セイラン=ヴァルメルは医術記録の整理を装いながら、ひそかに重要書類の複写を続けていた。


王国で見た彩子の指導記録と、自国の画一的な教育方針との違いが、明確に浮かび上がる。


(……命の価値が“選別”される国。このままでは、治すことすら特権になってしまう)


セイランは亡命という選択肢を捨てた。

あくまで帝国内に残り、“医術の芽”を蒔き、内部からの揺さぶりによって未来を変えると決意した。





──アデルナ王国・王立医術院 院長室。


「帝国医術管理局内部で、セイラン=ヴァルメルと思しき人物が、再教育対象候補と接触。旧都市ヘルミスにて地下医療講義を確認」


《灰の鴉》副長・カエルの冷静な報告に、彩子は小さく息を吐いた。


「……亡命しなかったのね」


「はい。彼は“帝国で生きる者たちを守る”と選んだようです」


隣で耳を傾けていたレオンハルトが、静かに頷いた。


「だからこそ《黒曜》が動くだろう。彼は、帝国の“統制”に対する異物になり得る」


「……若い芽が摘まれるのを黙って見ていられない」


彩子の言葉には、前世で見送ってきた仲間たちへの悔いと、同じ轍を踏ませたくないという強い想いが込められていた。


「助けになれないか……方法を探してみようかしら」


「それが、この国の未来にもつながるならば、私も後押ししよう」


レオンハルトのその言葉に、彩子は肩を預ける。温もりと信頼の重さが、彼女の背を支えた。






──帝国医術管理局 東棟・監察室。


「セイラン=ヴァルメル……あの女の影響か」


《黒曜》上級幹部・ディセルが、冷笑を浮かべながら報告書をめくる。


「理念などに惑わされたか。“帝国”が他国に劣るなど、許されるはずがない」


その眼には、統制と支配への執着が宿っていた。





──王立医術院・情報戦略会議室。


カエルが地図を広げ、数地点を指さす。


「帝国内の“改革派”接触者が少しずつ増加しています。火種は確実に芽吹いている」


彩子はその報告に頷き、ふと視線を窓の外へ向ける。


「……じゃあ、私が帝国に行ってみるのも、アリかもね」


「……えっ?」


突然の発言に、カエルが素で驚く。


「もちろん、正式な会談名目で、ね。相手が“真実”を見ようとするなら、こちらから歩み寄る手もある」





──帝都・とある路地裏の診療舎。


「……君が、セイランさん? 本当に……あの“王国の魔女”と共に?」


「“共に”ではない。“学んだ”んだ。そして今度は……君たちと共に、ここで“命を守る”知識を広げたい」


セイランの言葉に、若い医術士の瞳が揺れる。

──帝国の片隅に、微かに芽吹く反逆の種。


まだ小さく、か細い光。だがそれは確かに、“未来の医療”への希望を灯していた。


命に種族も国境もない。

すべての命に等しく手を差し伸べるという理想が、彼の胸の奥で──静かに、熱く燃えていた。


帝国との関連、もう少し続きます。

派閥争いはどこにでもあると思うけど巻き込まれる末端はいつも大変だ......


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