表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/104

言葉の向こうに

──王立医術院・特別応接室、夕刻。


研修制度の進捗確認と、魔王国との協定文書の再調整。その名目で、アデルナ王レオンハルトと、魔王国の新王レグニス=アーガイルが再び対面していた。


部屋の空気は落ち着いていたが、彩子の指先だけはわずかに震えていた。


(……あの会話を、読んでしまった。けれど、どうしても、黙っていられない)


──一段落した空気を見計らって、彩子がそっと口を開いた。


「……あの、おふたりに……ちょっとだけ、話したいことがあるんです」


レオンハルトとレグニスが同時に彼女に目を向ける。その視線に、わずかな緊張が走る。


「戴冠式の後に……おふたりが交わした対話。正式に情報開示されてた会談記録で……読みました」


一瞬、空気が静止する。


「……本来なら、君に知られることのない会話だった」

レオンハルトが、穏やかな声音で応じた。


「でも、読んでもらえてよかった。……むしろ、伝わっていたことが嬉しい」

レグニスもまた、どこか安堵したように微笑んだ。


彩子は、胸の内を確かめるように言葉を紡いだ。


「私の“自由”を守るって……そんなふうに思ってくれていたなんて、正直驚きました。だけど……それ以上に、救われたんです」


ふたりの王は、言葉を挟まずにじっと耳を傾けていた。


「ずっと、『誰のものにもならない』って言い聞かせていたけれど……たぶん、本当は“誰にも壊されない場所”を、私自身が求めていたのかもしれません」


声が震える。だが、彼女の瞳はまっすぐだった。


「その場所を、“王”としてじゃなく、“一人の人間”として差し出してくれたのが……あなたたちだった。嬉しいような、恥ずかしいような、でも──本当に、感謝しています」


沈黙が、室内に優しく流れた。


やがて、レオンハルトが立ち上がり、そっと彩子の手を取る。


「ならば、私の願いはもう果たされている。君がここで、こうして笑ってくれていることが──この国にとって、何よりの希望だから」


「……私も同じです」

レグニスがゆっくり立ち、椅子の背から手を離した。


「“君の隣に立つために王になった”わけじゃない。でも、君がこの世界にいる限り……その未来を守るのが、僕の責務だと信じています」


彩子はふたりの王を見つめ返し、そして、ふっと微笑んだ。


「……ほんとにもう、ずるい王様たちね」


少し涙ぐんだ瞳を、笑みで誤魔化すように彩子は肩をすくめる。


けれど、その胸の奥には、確かな想いと誓いが、静かに根を下ろしていた。


“守られること”は、“信じられていること”。


そして、“歩みを止めない理由”。


──彩子は、ようやくその意味を全身で受け入れていた。



──王立医術院・戦略会議室、夜。


明かりを落とした会議室の中、中央の丸卓を囲むのは三人だけだった。


アデルナ王・レオンハルト。

魔王国アル=グレイド王・レグニス。

そして、王立医術院長・彩子。


「本日は“公式会談”ではない。……だが、未来に関わる“大きな話”を、ここから始めたいと思っている」


レオンハルトの言葉に、レグニスが静かに頷いた。


「国と国。種族と種族。私たちはこれまで、“境界線”の中で動いてきた。だが、本当の意味で命を救うには──その線を越える仕組みが必要だ」


彩子は、卓上に一枚の布図を広げた。


「これは……?」


「“中立型連携拠点”の初期案です。アデルナとアル=グレイド、双方から等距離にある地に、“医術士と魔術医、研究者と学徒が共に学び、治療し、技術と理念を交差させる場所”を創る」


二人の王の視線が布図に注がれる。


「王立医術院の分院、あるいは“連合医術局”という形になります。国籍、種族を問わず受け入れ、特に感染症や災害時には“相互防衛協定”の下、即応チームを派遣できる機能も備える」


「……それはもう、単なる医療施設ではないな」

レオンハルトが小さく呟く。


「はい。これは“国境をまたぐ命の安全網”です。未来の人々が“敵”ではなく“治す相手”として手を差し伸べられるように──その仕組みの礎です」


一拍の静寂ののち、レグニスが口を開いた。


「……それを、君が言うから信じられる。命において、彩子ほど“公平”な人間を、僕は他に知らないから」


レオンハルトもまた、彩子の横顔に目を向けた。


「だがこれは、君一人の理念で終わってはならない。“国家”の責任として共に築く。君にすべてを背負わせはしないと、ここに誓う」


──三人の間に交わされたのは、契約ではなく“信義”だった。


「ふたりとも……ありがとう」


彩子は、深く頭を下げた。


その瞬間、かすかな風が会議室の窓を揺らし、書類の端をめくった。そこに記された文字は、彩子の手による新たな理念。


《命は、国を超える。知識は、種族を繋ぐ。未来は、共に築くもの》


それは、かつて一人の看護師が背負い、今ではふたりの王とともに“形”へと進もうとしている誓い。


──世界は変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ