表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/104

アンナの村へ

「立てる?」


アンナが心配そうに彩子に手を差し伸べた。


彩子は一瞬だけ迷ったが、少女の手を取った。

まだ頭の中は混乱していたが、体に大きな痛みはない。

──誰かが何かを言っていた気がするが、それはアンナではなかった。


「うん……なんとか」


ふらつきながらも、彩子は立ち上がった。

陽光が木漏れ日となり、草の匂いを乗せた風が頬を撫でる。


ふと、差し出されたアンナの腕に擦り傷があることに気が付いた。

浅いが血がにじみ、見るからに痛そうだ。


「この傷、どうしたの?」


「これ? あぁ、さっき茂みで棘に引っ掛かっちゃった。大丈夫だよ」


アンナは笑って見せたが、彩子は黙って自分の周囲を見回した。

すぐそばに、いつも使っていたメッセンジャーバッグが落ちているのを見つける。


中から取り出したのは、見慣れたハンカチ。


(これしかないけど……)


一番深そうな傷にそっとハンカチを広げて掛けた。


その瞬間──


「……あれ?」


広げたハンカチがアンナの腕にふわりと触れた途端、血が消え、傷が塞がっていた。


「まぁ! アヤは治癒の魔法が使えるのね!」


目を輝かせて叫ぶアンナ。

しかし、彩子はただ茫然と立ち尽くす。


魔法?

治癒?

……異世界転生? いや、転移?


しばらく混乱する彩子に、アンナは無邪気な笑顔を向け、改めて彩子の手を取って感謝を述べた。


「ありがとう! 村のみんなにも紹介したいわ!! 来て!!」


確かにここで置いて行かれても困る、と辺りを見回す彩子。

どう見ても森の中だ。


「じゃあ、よろしくお願いします。アンナ」


二人は並んで、アンナの村へと歩き出した。


森の小道は、踏み固められてはいるが素朴な土の道だった。

鳥のさえずり、遠くから聞こえる小川のせせらぎ。

病院の無機質な音とは、まるで違う。


(まるで、絵本の中に迷い込んだみたい……)


そんな感慨を抱きながら、彩子はふと問いかけた。


「アンナ。ここは──どんな村なの?」


アンナは振り返り、にこっと笑った。


「小さな村だよ。エルネアの森の中にある“フェリア村”。

人もそんなに多くないし、みんな顔なじみ。

困ってる人がいたら、助け合うのが当たり前なんだ」


(助け合う……か)


その言葉に、彩子の胸が少しだけ温かくなった。


仕事に追われ、誰かに頼ることも、頼られることも忘れていた日々。

思えば、心から「助け合う」なんて、どれだけ遠ざかっていたのだろう。


「ねえ、アヤ。アヤって、どこから来たの?」


無邪気な問いかけに、彩子は一瞬だけ言葉に詰まった。


(……どこから、って)


東京?

日本?

それとも──あの世界?


答えようのない問いに、彩子はただ小さく微笑んだ。


「ちょっと、遠いところから──かな」


それを聞いたアンナは、嬉しそうに目を輝かせた。


「そっか! じゃあ、新しい家族みたいなものだね!」


彩子の胸の奥に、少しずつ、張り詰めたものがほどけていく。


見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。


この世界で、もう一度歩き出す──そんな予感が、確かに胸に芽生えていた。


やがて森を抜けると、木造の家々が並ぶ小さな村が見えてきた。

フェリア村──どこか懐かしい、温かな光景だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ