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―アルバートとの再会と、秘められた命の救い―

王都に滞在して三日目の午後。

彩子は街外れの薬草市で、乾燥ハーブを眺めていた。

レイは薬草問屋に行かなければならず、くどくどと彩子に注意を伝えた


『薬草市は広い通りのみ、見て歩いて良い。宿まで1本道だから、そのまま戻る事』

(ハハ…まるで子供のお使いだなぁ)



苦笑しながら通りを歩く。


前日の“あの出来事”がまだ胸に残っていた。

あのとき助けてくれた男性──正体を名乗らなかった彼の後ろ姿が、記憶の隅に引っかかっていた。


「──アヤさん?」


不意に背後から声をかけられ、振り向いた。


そこにいたのは、旅装束に身を包んだ青年。

その穏やかな微笑みを、彩子はすぐに思い出した。


「……アルバートさん?」


「覚えていてくださって光栄です」


にこやかに頭を下げた男──

レオンハルト・アデルナ。王でありながら、今はただの“商人アルバート”として目の前にいた。


「こんなところで何を?」


「少し買い物を。薬草の香りが、好きでして」


手に取った乾燥ハーブを眺めるその仕草は穏やかで、けれどどこか芝居がかっていた。


(偶然にしては、できすぎてる……)


「……昨日、助けてくれたの、あなたでしょ?」


「どうしてそう思われます?」


「顔が、雰囲気が──“あの人”に似てたから。勘よ」


アルバートは静かに笑った。


「では、“そうかもしれない”とだけ、答えておきましょう」


「はぐらかされたわね」


「でも、あなたは賢い方だ。私が言わなくても、いずれ気づくでしょう」


軽口のようでいて、どこか真剣な眼差し。


(やっぱり、ただの商人じゃない)


「それにしても、王都を一人で歩くのは危ない。昨日のようなことが、また起こらないとも限りません」


「……たしかに、油断してたかも」


「今日は、私が少しだけご案内しましょうか?」


差し出された手に、ほんの一瞬だけ迷った。

けれど彩子は微笑み、手を取った。


王都の中でも知られていない静かな神殿の裏庭、

人の少ない裏通りにある老舗の薬草店。

彩子が知らなかった世界を、アルバートは静かに案内してくれた。


「こういう場所、どうして知ってるの?」


「昔、いろいろあって。……立場を隠して歩いてたこともあったから」


(……やっぱり)


深くは問わなかった。けれど心の中には、確信に近い予感が芽生えていた。


「アヤさんは、王都に住もうと思ったことは?」


「ないわ。守るべき村があるし──あのレイもいるしね」


「……そうですか」


ほんの短いやりとり。

けれどその言葉の奥に、名残惜しさのようなものが確かに見えた。

紳士的に宿まで送ってくれるアルバートに、なぜか小さな動悸を感じる彩子。




宿屋に着くと、アルバートは静かに頭を下げた。


「また、どこかでお会いできれば」


「“また”って、次も偶然を装う気?」


「偶然は、時に約束よりも確かです」


そのまま、夕暮れの街へと消えていった。


レイはまだ戻っていない。

彩子は宿の中庭を見つめ浮かんできたアルバートの姿に微かに頬を赤らめた。


「偶然は約束よりも確か、か」

近いうちに会うだろう予感。

彩子は窓を開けて風を取り入れた。






──その夜。


微かな物音で目覚めた彩子は、眠気を拭って椅子に腰を下ろしていた。


(……夜勤の癖って、抜けないのよね)

例え眠っていても呼び出しや何かあれば直ぐに行動に移る癖。


その時、背後から声がかかった。


「僕も一緒でいい?」


いつの間にか部屋にいたレイが、静かに言った。


「いいけど、人前では気をつけてよね」

レイが魔族であることは秘密だ。


ランプの明かりを強め、扉のほうに目を向ける。


コン、コン──


「どうぞ」


扉を開けた先に立っていたのは、アルバートだった。


俯き、言葉を選ぶように黙っていた彼に、彩子は一歩近づいて口を開いた。


「……急患ですか?」


驚いたように顔を上げるアルバートに、彩子はふっと微笑んだ。


「行きますよ」


目隠しをされ、密やかに乗り込んだ馬車は外が見えず、

車輪の音もやがて静まり、屋敷の中へと入っていった。


「すまない」


「高貴な方なんでしょ? ありがちな展開よ」


彩子はまったく気にしていない。

この状況すら、どこか小説の一節のように感じていた。


「状態だけでも教えてくれない?」


アルバートは頷き、状態を語り始めた。


患者は高貴な女性。腹痛と嘔吐が続き、食事も薬も受け付けず、魔法も効かない──。


「それで、思い出したんだ。アヤさんなら何か手立てがあるかもしれないと」


「……まずは、診てみないとね」


屋敷の中、目隠しをされたまま案内されたのは、一階の静かな部屋。

扉が閉まる音と共に、目隠しが外された。


ベッドには苦しげな息を吐く女性。

彩子は右目でスキャンを開始した。


──腹部、異常なガス溜まり。

変色した腸壁。これは──


「……イレウス。腸閉塞よ。薬も魔法も効かないのは当然」


動揺するメイドをレイが制止し、アルバートの一言が場を鎮めた。


「どうすれば助けられる?」


周りに視線を投げ人払いを促す彩子

察したアルバートはメイド達に下がるよう指示する


「魔法で外科的処置を行うしかない。でも……これまで人には試していない方法なの」


彩子は初めて、真正面からアルバートに伝えた。


「成功の保証はない。──それでも、やる?」


「……この方の命を救えるなら。他に方法もないと理解している。それに私は君を信じてる」


アルバートの言葉に、彩子は頷いた。


レイの霧状の薬による麻酔。

静まる呼吸──


彩子の指が、術式を描き出す。


まばゆい光。

掌に現れた黒く変色した腸の一部──


レイがそれを受け取り、テーブルに置く。

彩子は静かに腹部を撫で、傷を閉じた。





ふらつく体。

倒れかけた彩子を支えたのは、アルバートの腕だった。


「……ごめん、ちょっと疲れただけ……」


呼吸、脈拍、体温、魔力の反応──すべてが安定している。

右目で確認を終えた彩子は言った。


「これで大丈夫。でも、食事は明日からスープを少しずつね。段階的に戻していけばいいわ」


レイが保存用に腸を氷漬けにする間、アルバートは静かに告げた。


「……アヤ、ありがとう。本当に。伝えられないことが多くて、すまない」


「送ってくれたら、あとは寝るだけよ。さすがに眠いわ」


小さくあくびを噛み殺しながら、笑顔を見せた彩子。

レイが彩子を支えながら馬車に乗り込み静かに宿に向かっていった。





その姿を、屋敷の窓から見送るレオンハルト。


(君は、母上の命の恩人だ。そして──)


胸に手をあて、目を伏せる。


(君の力は、奇跡だ。だが同時に……王国にとっては“革命”でも、“脅威”にもなり得る)


彼女と距離を縮めるたびに、自分の“王”としての立場が揺らぎ始めるのを感じていた。


(それでも……君と良い関係を築けるなら)


その願いだけが、胸の奥で静かに灯り続けていた。

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