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―診察と最初の救命―

魔族集落

村長の許可が下りた直後から、彩子は一切の迷いなく動き始めた。


「まず、症状がある者はこの建物に集めて。

外から入ってくる者は、靴を脱がせて。あと、布があれば足を拭いてもらって」


驚くほど自然に命令を出す彩子に、

魔族の若者たちは戸惑いながらも、しぶしぶ従い始めた。


(反感を買うのは分かってる。でも、時間がない)


その目はまさに「救急の現場」のそれだった。



彩子は持参したノートに症状を記録しながら、

右目で“診る”ことを繰り返していた。


(発熱、脱水、下痢、嘔吐──やっぱり感染性腸炎。恐らく水から)


住人に水源を案内してもらい、汚れた水桶と苔の浮いた井戸を見て、確信する。


「この水、全滅する前に封鎖。

誰も触らないよう張り紙──じゃなかった、“目印”をつけて」


住人の一人が聞き返す。


「……魔法じゃ治らなかったのに、本当にお前の手で何かできるのか?」


「できるわよ。時間はかかるけどね」


その断言に、一瞬沈黙が流れる。

やがて、ひとり──年老いた魔族の女性が、彩子にすがるような目を向けた。


「……うちの子が、高熱で意識を失ってるんです。

魔力も反応がなくて……もう、だめなんでしょうか……」


案内された建物の隅には、布の上に横たえられた少年がいた。

レイより少し幼い。額は赤く、唇が乾ききっている。


(脱水と高熱。発熱性の意識障害──やばい)


彩子はすぐに布袋から道具を取り出し、魔族たちの視線も気にせず動いた。


「水と塩、それに……この薬草。

煎じる時間がないから、直接口に含ませる」


砕いた葉を布に包み、水で濡らしてしぼる。

少しずつ、少年の唇に触れさせていく。


(がんばれ。体が反応さえすれば……)


やがて──


「……っ」


少年の指が、わずかに動いた。


「動いた!?」


母親の声が上がる。

彩子は慎重に額の汗を拭きながら頷いた。


「熱は下がり始めてる。

このまま脱水を防げれば、朝までには意識が戻るはず」


部屋が、静まり返った。


初めて、魔族たちが「彩子の行動に成果があった」と実感した瞬間だった。


母親が涙を流しながら、土に額をこすりつける。


「ありがとう……ありがとう、人間さま……」


「頭なんて下げないで。私は“命”に礼を言われるためにやってるんじゃないの。

生きてるって、すごいことなのよ」


彩子の手は、冷たくなった少年の指をしっかりと包み込んでいた。


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