―レイの願い―
ある夜。
彩子が書き物をしていると、そばで静かに座っていたレイが、どこか神妙な面持ちで口を開きかけた。
「……アヤ」
その声音は迷いに満ちていて、思わず顔を上げる。
「どうしたの? レイ」
「その……えっと……」
歯切れが悪い。
とっさに彩子は、癖のようにレイの額に手を当てた。
「熱は……ない。食欲もあったし、様子も普段通り」
無理に問い詰めたりはしない。
話したいなら話せばいい。聞く気はある。
彩子は、レイが淹れてくれたお茶をひと口すすると、ただ静かに続きを待った。
数秒の沈黙の後、レイは机に額をこすりつけるように頭を下げた。
「……アヤ、助けてほしい」
彩子は少しだけ目を見開いたが、すぐに穏やかに言った。
「私にできることなら、いいよ」
「──あ、やっぱり……ダメだよね」
レイは顔を上げないまま、うつむいて呟く。
彩子の言葉がちゃんと届いていなかったのかもしれない。
沈黙が、少しだけ重く流れる。
そして──
「レイ。私にできる範囲でなら、手を貸すよ」
その一言に、レイの肩がピクリと動いた。
「……ほんと?」
「まずは話して。状況がわからないと、判断できないから」
レイは顔を上げ、彩子の目をまっすぐに見つめて語り始めた。
「僕がいた場所──魔族の仲間たちが、この村のときみたいに病気になったみたいなんだ」
(どうしてそれを知っているのか)
彩子には話していない。
レイは隠しごとを咎められるのが怖くて、言い出せずにいた。
「魔法が効かなくて、みんな弱っていくばかりで……」
「何人くらい? ……あ、人じゃないから“何人”って変か。まあ、細かいことは置いといて」
彩子はまったく気にしていない様子で、
すっかり“看護師モード”に切り替わっていた。
「全体の人数、発症してる数、水源の場所、食事内容、生活環境……知ってる範囲でいいから教えて」
レイは一瞬驚いたような顔をした。
「……いいの? 魔族だよ?」
「レイも魔族でしょ? そこに、なんの違いがあるの?」
その言葉に、レイの目が見開かれ、次第に潤んでいく。
「この村のときと同じ病気とは限らないし、生活形態が違えば対処も変わる。
無駄足にはしたくないし、行くなら準備は万全にしておきたいの」
冷静な口調の中に、確かな覚悟が滲んでいた。
彩子の“命に種族の区別なし”という信念は、揺るぎなかった。
レイは涙をこらえながら、彩子の問いにひとつずつ答えていった。
「心配させないためにも、一応貼っておこうか」
彩子は一枚の紙に簡単な張り紙を走り書きした。
──“しばらく森へ採取に行ってきます。
薬棚の常備薬は症状に合わせて使ってください”──
小さな字でそう記し、玄関の扉に貼る。
やがて、二人は大きな荷を背負い、夜の森へと足を踏み入れた。
月明かりが木々を照らす中、
静かに、けれど確かに、命を救う旅が始まろうとしていた。