―魔法の届かない領域―
レイを村人たちに紹介したのは、初夏の柔らかな日差しの中だった。
身長も伸び、少年から青年に成長したレイ。
「この子はレイ。事情があって、今は私の家にいるの。
──私が責任を持つわ」
彩子の言葉に、村人たちは一瞬だけ戸惑った。
けれど──アヤが引き受けるなら、と
誰もが自然に頷いた。
それだけの信頼が、すでに彩子には築かれていた。
レイはぎこちなく頭を下げ、村の人々も温かく迎えてくれた。
──小さな奇跡だった。
だが、その穏やかな日々は、長くは続かなかった。
ある日、帝都からやってきた行商人たちが、次々に体調を崩し始めた。
発熱。
嘔吐。
下痢。
最初はただの疲労かと思われた。
だが、症状はあっという間に広がり、村の子どもたち、大人たちにまで及び始めた。
「治癒魔法を試しましたが……」
助けを求めるように訴える村の若者。
けれど、どれだけ癒しの光を当てても、症状は一時的に緩和するだけで、すぐにぶり返す。
──魔法では、治らない。
彩子は即座に判断した。
(これは……感染性の腸炎)
医療の現場で何度も見てきた症例だった。
病原体が体内に入った以上、魔力で無理に治癒しても意味はない。
根本から対策しなければ、感染拡大は止まらない。
「みんな、私の言う通りに動いて!」
彩子は、迷いなく指示を出した。
・まず、感染者と健康な者を隔離。
・全員、必ず手洗いを励行。
・簡易のマスクを布で作らせ、咳やくしゃみを遮断。
・水は必ず煮沸してから使うこと。
・脱水症状の者には、薬草と塩を使った特製の経口補水液を作って飲ませる。
村人たちは最初、戸惑いながらも、
彩子の真剣な目を見て、素直に従った。
レイも率先して動き、子どもたちにマスクの付け方を教えたり、隔離の手伝いをした。
三週間。
村は、まるで戦場だった。
それでも、誰一人命を落とさせることなく──
三週間後、最後の感染者が完治した。
「ありがとう、アヤ! 本当に、ありがとう!」
村長バルドは深々と頭を下げた。
子どもたちは、レイの手を握りしめて笑った。
レイも、心からの笑顔を見せた。
「アヤがいなかったら、僕も……みんなも……」
彩子はただ、静かに微笑んだ。
(──医療は、奇跡じゃない。
でも、積み重ねれば、命を守る力になる)
この世界に来て、
初めて、本当に胸を張れる実感があった。
自分はここで、確かに“必要とされている”。
それだけで、十分だった。
ー設定ー
魔族下位種
雑兵、村民クラス
種族例:
ゴブリン:小柄で繁殖力が高い。集団で行動する。
ドワーフ型魔族:鍛冶技術に優れるが、気性は荒い。
獣人(オオカミ種、虎種など):野生本能が強い。族長制の村を作ることが多い。
外見:
獣耳・尾、粗野な体格、顔立ちがやや獣寄り。
服装は簡素、本能や伝承に頼る生活。
村単位で集まり、小規模な群れ社会を築く。