―知識と心の交換―
レイが彩子の家に身を寄せてから、数日が経った。
村の朝は早い。
彩子は夜明けと共に薬草の仕分けや診察準備をし、
レイはその隣で朝食を用意してくれるのが、すっかり日常になっていた。
リビングには、いつしか二人の「教え合いノート」が置かれるようになった。
彩子は、医療や癒しの魔法、人間社会の習慣について。
レイは、魔族語や魔術の構造、魔族世界の常識について。
二人は日ごとに、言葉と知識を交わし合っていた。
「レイ、今日は“癒しの魔法”の理論からね」
彩子は、手書きの簡単な図をレイの前に広げる。
「人体の構造をざっくり覚えておくと、魔力の流し方が効率的になるの」
「へぇ……人間の身体って、こんなふうに“流れ”があるんだ」
レイは興味深そうに彩子の説明を聞き、
自分の魔力を指先に集めながら小さく呟いた。
「魔族は“精神の共鳴”で癒しを発動させるけど、これは“構造と制御”って感じだね。面白い……!」
「魔族の癒し魔法って、そんな原理なの?」
「うん、相手の“生命波”に自分の魔力を共鳴させて調律する感じ」
「……ちょっと羨ましい」
そう言って笑った彩子に、レイもはにかむように笑い返した。
その日の午後。
「じゃあ、今度は僕の番ね」
レイは彩子に、魔族語の基礎を教え始める。
「この記号が“生命”。これと組み合わせると“静かに癒す”って意味になる」
「これが“癒し”? なんか……詩みたい」
「魔族語は“意味を編む”言語だから、詩に近いかも。
魔術の詠唱も、詩や祈りに近いものが多いよ」
彩子は、うなずきながらノートに丁寧に書き取っていく。
「それで……これは?」
「それは、“約束”って意味だよ。
魔族では、契約とか信頼の証にこの言葉を使う」
「約束、か……いい言葉ね」
彩子がつぶやいたその声に、レイは少しだけ目を伏せた。
「……アヤには、約束したいと思ってる。ちゃんと、守るって」
「ありがとう。私も……あなたのこと、ちゃんと守る」
言葉が、静かに部屋を満たしていく。
日が落ちる頃には、
小さな食卓を囲みながら、レイが魔族の料理を再現し、
彩子が村の食材を使ってそれをアレンジしたりと、笑い声の絶えない時間が流れていた。
文化も種族も違う。
でも、互いに知ろうとし、歩み寄ることで心の距離は確実に近づいていく。
この時間が、いつまでも続けばいいと──
彩子はそう思った。
だが、平穏はいつまでも続かない。
その足音は、すでに森の向こうまで来ていた。
魔族重要キャラクター設定
リュシアン=ヴァルゼイル(Lucian=Valzeil)
基本情報
種族:魔族・上位種
年齢:外見は20代後半、人間換算で約350歳
外見:端整な中性的美貌
黒髪ロング、銀色の瞳
小さめの角が額から生え、背中に黒い小型の翼(普段は畳んでいる)
身長:178cm
性格・特徴:極めて冷静沈着、観察者タイプ。