―恩返しと驚きの朝―
朝の光が差し込む気配に、彩子はゆっくりと目を覚ました。
(……あれ?)
書庫の床に寝落ちしていた自分に気づき、体を起こす。
毛布の感触があたたかい。誰がかけてくれたのかは、考えなくても分かった。
隣を見やると──レイの姿がない。
「……帰った?」
少しだけ胸が締め付けられた。
無理もない。彼は魔族で、自分の正体を隠している。
助けたとはいえ、信用しきれないのは当然だ。
(でも……帰れるくらい元気になったなら、それでいい)
そう思いかけたとき、リビングのほうから小さな物音が聞こえた。
──カタン。
(え?)
彩子は立ち上がり、書庫の扉をそっと開いた。
目に飛び込んできた光景に、思わず声を漏らす。
「……え?」
昨日まで雑然としていたリビングが、まるで別の家のように整えられていた。
床は磨かれ、家具にはホコリ一つなく、窓ガラスは陽光を反射してきらめいている。
キッチンも、まるで調理器具の展示室のように整然と輝いていた。
そしてその中央に、エプロン姿で立っていたのは──
「おはようございます」
レイだった。
昨日とは違い、表情には少し余裕すらある。穏やかで、微笑んでいた。
「ど……どういうこと?」
彩子は戸惑いを隠せないまま訊ねた。
レイはまっすぐ彩子を見て、真面目な顔で答える。
「夕べ、いろいろ考えました。僕、自分にできることは何か?って。
今は、ここに匿ってもらってる。だったら、恩返しがしたいと思って」
言葉に迷いはなかった。
彩子はその場でがっくりと膝をついた。
(……いや、確かに私は家事が苦手だけど)
現実を突きつけられて少し複雑な心境になりながらも、
家の中の変貌ぶりに内心で拍手を送りたくなった。
ふと、気になって尋ねる。
「そういえば……額の角は?」
レイはにこっと笑い、首元から小さな首飾りを取り出して見せた。
「ありますよ、ここに。
これ、“封角の飾り”っていうんです。
魔族の子供にときどき使われる簡易の封印具で、角を収納するのに便利なんです」
「なるほど……便利な文化ね」
「それと……」
レイは机の上の本を指差した。彩子が例の“読みにくい”と感じていたページだ。
「この章の部分、魔族語なんです。昨日、ここに“魔力の気配を薄める術式”があったので、試してみました。効果、出てますか?」
彩子は目を丸くした。
「……あぁ、だから。読めなかったのか。やけに意味が取れないと思ったら……」
納得と、ちょっとした敗北感が入り混じった複雑な表情を浮かべながらも、
彩子は素直に感心していた。
レイはまだ幼さの残る少年だ。
だが、自分で考え、自分で行動しようとする姿勢はしっかりしている。
(助けた命が、こうしてちゃんと“生きよう”としている)
彩子の胸に、小さな充足感が灯った。
--設定--
【魔族基本概念】
魔国(魔王国):長命
魔族は上位種と下位種に分かれる。
魔族の社会は基本的に強者が支配する実力主義。
上位種と下位種の間に明確な差別意識があるが、必要に応じて共存・協力することもある。