表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
一章 破滅
3/22

理想

 お昼ご飯を食べ終えた二人は、暇を持て余していた。なにしろ、ここは田舎よりも田舎なド田舎。娯楽施設はもちろん、マイナーなショッピングセンターでさえ、小百合の家から車で三十分掛かる位置に座している。

 娯楽の貧困状態の中、小百合は家にある唯一の娯楽品【花札】で冥と交流を図ろうとする。

     

「冥ちゃん、花札やろ!」


「花札? 私、ルール知らないんですけど……」


「大丈夫。そう言うと思って、簡単なルールを考えついてあるから。花札は同じ絵柄、もしくは絵柄に関連した札を取れるの。例えば……この紅葉と鹿には、どんな関連性があるでしょうか?」


「鹿の後ろにも紅葉がある?」


「正解! 関連性が意外と分かり易いでしょ? ホントなら、それぞれに役や点数があるんだけど、今回は勝負関係なしに、札を取るだけにしましょう」


 そうして、コタツの上で始まる花札を使った交流戦の幕が切られた。


「札を取ったら、相手に一つ質問出来る。パスは二回まで」


「分かりました。それじゃ、これで」


 冥は手札から切った薔薇の札を同じ絵柄の薔薇に重ねた。最初の質問権は、冥の物となった。冥が質問の内容を考えている間、小百合はニコニコと微笑みながら冥を眺めていた。


「……それじゃあ、好きな食べ物は?」


「あんなに長く考えておいて素朴~!」


「駄目でした?」


「ううん。全然良いよ! 私の好きな食べ物は、えっとね……野菜の天ぷらかな。玉ねぎとか蓮根とか、噛み応えがある物が特に好き!」


「天ぷらって食べた事ないです」


「あら、そう? なら、今度作ってあげるね。さて、次は私の番。じゃあ、これ!」


 小百合は手札から柳の短冊札を柳の素札に重ねた。柳のカスは他の札と違い、関連性が分かりづらい。当然、冥は疑問を小百合に投げつけた。


「それって、同じなんですか?」


「分かりづらいよね。私も最初は分からなかったし、これで何の役が出来るかは分かんない。でも、これとこれは取れるのよ。だから、冥ちゃんに質問するわね」


 小百合は冥と同じく素朴な質問から始めようと考えたが、途端になって気が変わり、少し攻めた質問を口にした。


「ずばり、今までの恋愛経験は?」


「恋愛、ですか?」


「冥ちゃんは十代でしょ? 十代なら、恋の二つや三つくらいあるじゃない。それに、冥ちゃんは顔もスタイルも良いし、男の子からも、女の子からもモテモテだったんじゃない?」


「あー……ある意味、モテてましたね」


「やっぱり! 告白は? ラブレターの数は?」


「まぁ、似たようなのは、毎日」


「カハァー! そりゃそうよねー! 冥ちゃんクラスになると、毎日が当たり前になっちゃうわよねー!」


 小百合は想像する。冥が学校中の何処にいても、クラスの男子や女子に囲まれている。そんな光景を離れた場所で見ている小百合。キラキラとした空間を羨みながら、自分には到底縁の無い空間だと諦め、独り階段を下っていく。 

 想像の中でも独りな自分の憐れさに、小百合は鼻で笑った。自分が傷付くような事を質問したのを後悔し始める。

 そんな小百合の内心に気付かないまま、冥は居間に迷い込んだハエに目を向けながら呟いた。


「全員嫌いでした……」


「……え?」


「みんな、普段の自分を隠して私の前に現れては、丁寧に考え込んだ台詞を吐いて。気持ち悪くて、目障りで……だから、全部壊しました。顔も、物も、想いも。そしたら、私は独りになれました」


「……少しだけ、姉さんから聞いてた。学校や色んな場所で問題を起こして、警察沙汰が何度も起きたって」


「そうしなきゃ、また集まってきますから。ハエは殺すものでしょ?」


 居間を飛び交うハエが二人の間を通過する間際、冥は素早い裏拳でハエを殴り殺した。手の甲についたハエの血に冥が嫌悪感を抱いていると、小百合がティッシュで拭ってあげた。完全に拭えた後も、擦り過ぎてティッシュが破けてしまっても、小百合は冥の手の甲を爪で擦り続けた。徐々に力は増していき、冥の手の甲の皮膚は赤くなり、皮膚が破けて血が流れだす。

 

「それでも、私は誰かが欲しかったよ……」


 小百合が呟いた言葉は、明らかに嫉妬であった。自分が欲する物をいらない物だと手放すのが許せなかった。

 そんな小百合を、冥は眺めていた。本心を露わにして、冥の体を傷付ける小百合が、愛おしかったからだ。これまで誰一人として現れなかった【理想】が、目の前にいた。見惚れずにはいられなかった。

 我に返った小百合は、冥の手の甲が血だらけになっている事に気が付くと、慌ててティッシュで拭い始める。拭っても拭っても、また流れだす血に青ざめ、冥の手を引いて台所へと向かう。蛇口を捻って水を流し、冥の手に水を浴びさせた。


「……ごめん。私、どうしてこんな……」


「いいよ。これくらい、大した傷じゃないし」


「せっかく綺麗な手だったのに、私が……私が、傷を……!」


「小百合さん」


 冥は罪悪感でパニックを起こしている小百合の腰に手を回すと、自分の方へ抱き寄せた。吐息が顔に掛かる距離のまま、二人は見つめ合う。

 緊張と高揚。小百合と冥の胸の奥で、それぞれが別の感情を抱いていた。特別な何かを理想とする小百合。偽りの無い相手を理想とする冥。お互いの理想が、目と鼻の先にいる。

 

「小百合さん」


「冥、ちゃん……」


 そこへ、一匹のハエが迷い込んできた。耳障りな羽の音に、冥の視線は小百合からハエに移り変わり、殺気を帯びた眼光でハエを握り潰す。

 二人は人一人分の距離を開けると、冥の手の平に乗っているハエの残骸を呆然と眺めた。

 

「……ハハ。また、汚れてしまいました」


「だね。洗ったげる。今度は、優しくね」


「私は強くやってくれても構いませんが?」


「もしかして虐められるのが好きだったりする? だったら意外ね!」


「どうなんでしょうか? 痛めつけた経験はあっても、痛めつけられた経験はありませんから」


 さっきまでの緊迫とした空気とは裏腹に、二人は冗談を言い合いながら笑い合った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ