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箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
二章 再生
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分かれ道

 錆があるポストの前で、冥は葛藤していた。手に握っている封筒には、小百合に偽装して書いた手紙が入っている。送り先は、都会を支配している組織であり、冥の過去の因縁相手であるタワー。

 手紙が読まれるかどうかは関係なく、小百合から返事が送られてきた証を見せるのが、冥の目的であった。五年前から封筒が送られなくなった理由は定かではないが、冥が田舎に行く直前まで、タワーのトップは常世であった。そして、今現在も常世の地位は揺らいでいない。

 常世は人並外れた頭脳と知識を持つ人物であり、今の時代では早すぎる未来のテクノロジーが都会に溢れているのも、彼女の功績だ。誰も常世の姿を見たり聞いたりした事も無いが、誰にも真似出来ない実績が彼女の存在を都会の人々に強く認識させている。そして常世が位置するタワーの地位は、神と同等の地位であった。

 未来と破滅。莫大な資金と絶対権利。この二つが兼ね備わった地位を狙う者は、人間である以上、必ず存在する。人は神に憧れる生き物なのだから。 

 冥はそれを餌にした。タワーのトップを奪えるチャンスを見せ、餌に喰い付いたかつての因縁相手を目の前に誘き出そうと考えていた。餌に喰い付いたのが別人であっても、それがタワーに所属する人間なら、因縁相手の元に近付く為に利用出来る。

 しかし、その策を実行するには、小百合の身を危険に晒す必要があった。冥が死んで関係値がリセットされたとはいえ、たった一ヶ月の時間の中で、冥の中で小百合は手放せない存在になっていた。死ぬ前の冥と同様、心を許せる存在に。


「……ハァ。どうしたもんかなー」


 封筒をポストに入れるだけの簡単な作業で、多くの人の人生を狂わせる。銃の引き金が軽く思えていた冥であっても、関係の無い人間を巻き込むのは抵抗があった。自身の復讐か、あるいは平穏か。分かれ道の行き先に迷う冥。

 すると、一人の老人が冥の方へと近付いてくる。その老人が隣に来るまで、冥は気付けなかった。地面は雪で覆われているというのに、足音が一切無かったからだ。


「こんにちわ、お若いの」


「……おう」


「随分背が高いの‘~。ワシの腰が真っ直ぐになっても、お前さんの肩ぐらいかの~」


「……そうか」


「迷っておるのか?」


「は?」


「その手にある手紙じゃ」


 老人は顎で冥が握っている封筒を差した。やけに馴れ馴れしい老人の態度に嫌気がさした冥は、封筒をジャケットの内ポケットにしまい、その場から立ち去ろうとする。


「待て待て」


「なんだよ! さっきから鬱陶しいぞ!」


「ホッホッホ! なんじゃ、叫ぶ元気があるではないか。ならば、ほれ。あとはポストに入れるだけじゃぞ?」


「てめぇには関係ない! 一体何なんだ!?」


「なに、ただのお節介さ。ワシも若い時、お前さんのように手紙を送るか迷っておった。寝ずに書いた文を封筒に入れ、あとはポストに入れるだけじゃった……だが、結局ワシは、封筒を持ったまま帰ってしまった」


 当時の自分を懐かしむように語る老人の眼は、どこか悲しみを帯びていた。無視して帰ろうとしていた冥であったが、その老人の過去の話と現在の表情に、老人の方へ体を向けた。


「……なんで、送らなかった」


「意気地が無かった……ワシは、怖かったんじゃ」


「怖い?」


「手紙の送り先は、ここより遥か遠い地に向けての手紙じゃった。当時のワシは若く、まだ恋心というものを抱いていた。じゃが同時に、少し大人びておっての。相手の未来や、家内となる女性の気持ちを考える余裕を持っておった。手紙を送ろうが送らないが、どちらにせよ、どちらかの気持ちに傷をつけてしまう。ワシは、自分で決められず、結局逃げてしまった」


「あんたはこっちの女を選んだわけか」


「いいや。ワシは、どちらも選べなかった。結果的に、こっちの女性と結婚したが、どうにも後ろめたくての。罪悪感、というのがずっと胸にある」


「今もか?」


「ああ。墓に入っても、ずっと残り続けるじゃろう。それが、ワシへの罰なのだろう」


 老人は酷く思い詰めた表情を浮かべたかと思うと、すぐに明るい表情に戻った。まだ人の気持ちを上手く読み取れない冥であっても、老人が無理をして表情を作っている事は分かっていた。

 冥は懐にしまった封筒を取り出すと、老人の眼を真っ直ぐに見つめながら問いかける。


「……私が送ろうとしてるのは、あんたのような恋文じゃない。これは、戦争を引き起こすキッカケだ。私は自分の事情から、デカい戦争を起こそうとしている」


「ホッホッホ! なんとも物騒な話じゃの~」


「だが、私は迷っている。私はここが好きだ。何も無く、何も起こらない田舎が好きだ。ここでなければ、出逢えなかった人もいる。だからこそ、私は失いたくない」


「ふむ。ワシには、もう答えが出とる気がするのじゃが?」


「そうかもな。だが、私はどうすればいい? 過去の因縁を果たせぬまま、ここで生涯を終えるのか? 私はそれに耐えられるだろうか?」


「お前さん次第だ。ワシがお前さんの背中を押した所で、結局最後に決めるのは、お前さん自身だ。人間は機械ではないのだからな」


 冥は視線をポストの投入口に向け、今一度考える。平穏な未来か、過去の清算か。他人か、己か。考えに考えた結果、冥は決断した。

 冥は、ポケットにあるライターで封筒に火を点けた。燃える封筒でタバコに火を点け、手の平で焼死していく復讐の種を眺め、手の平に残った灰を強く握りしめた。


「……爺さん。色々口悪く言って悪かったな……爺さん?」


 冥が老人の方へ振り返ると、そこに老人の姿は無かった。残り香も足跡も無く、まるで最初からそこにいなかったかのように。


「……帰るか」


 冥は地面の雪を拾い、火傷を負った左手で雪を握りしめながら、帰路についた。

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