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箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
二章 再生
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のびた蕎麦

 晩ご飯の支度を終え、小百合は椅子に座って冥が来るのを待っていた。耳と鼻が利く冥は、外に出ていようとも、食事の時間に遅れる事は無かった。

 しかし、今晩は違う。どれだけ待っても、冥は一向に食卓に姿を現さない。先に食べ始める事も出来るが、後から文句を言われるのが容易に想像でき、小百合は冥を捜す事にした。

 風呂場、縁側、お互いの自室を小百合は見て回ったが、冥は何処にもいなかった。靴が玄関に置き去りにされてる事から、外には出ていないようだった。

 ふと、小百合の頭の中で、ある一室の部屋が思い出される。それは以前、冥が掃除をしていた未開封封筒が置かれている部屋。長い間使っていなかった所為か、その部屋の存在を小百合は候補から無意識に外していた。

 部屋の扉を開けると、床一面に散乱した破られた封筒の残骸と、手紙の上に乗っている小型投影機。その中央に置かれているテーブルに冥は腰を下ろして、冥は眉間を寄せて未開封封筒の中身を次々に確認していた。

 

「もう晩ご飯の時間だけど……一体、ここで何してるの? この床に散らばってるのって、前に言ってた差出人不明の封筒でしょ?」


「気になったんだ」


「差出人の正体が?」


「多分、タワーの役員の誰かだろう。誰かはハッキリと明言できないがな。なにせ、タワーは由来となった建物のように序列があり、それぞれに異なる部門がある。当然、役員の数も壮大さ」


「何人くらい?」


「お前は六合の飯の粒を一つずつ数えられるか?」


「無理」


「そういう事だ」


 そこから無言の時間が流れ、冥は数え切れない量の手紙の文章を読み漁り、真剣な表情で手紙を読んでいる冥を小百合は座って見守っていた。

 長い沈黙が破られたのは、冥の腹の音が鳴ったのがキッカケであった。


「……そうか……あの時の奴か!」


「うぇっ!? ど、どうしたのさ急に。びっくりしたよ~」


「飲まず食わずの日々が続いてた時、匿名の依頼が来たんだ。内容は一人の人間を殺すだけの簡単なもので、報酬は前金ありの太っ腹な依頼だった。いつもだったらこんな怪しい依頼は警戒するが、飢え死に寸前だった事もあって、引き受けちまった。結果を先に言えば、私は大損した」


「大損?」


「依頼の標的は、タワーの人間だった。それも、かなり上層の男だった。物陰から銃を手にして現れた私を見ても、奴は全く動じなかった。それどころか、私にゲームを仕掛けてきた」


「負けたんだね」


「いや、勝ったさ。だが、負けた。試合に勝って勝負に負けたんだ。私に依頼を出した匿名の人物は、奴だった。奴は私を陰から陽に誘い出し、瓶の中に閉じ込めた。それからの事は、あまり思い出せない。思い出したくないだけかもしれない。レディの助けが無ければ、私は今も瓶の中で飼われていただろう」


「本当に、いつも生死を彷徨ってたのね……それで、その男と、この封筒に何の関係があるの?」


 冥は手紙と小型投影機が入っていた封筒を手にし、封をしていた赤い蝋を小百合に見せた。


「この封にある蝋のマークは、私を嵌めた奴の部屋にもあった。おそらく、この封筒の差出人と奴は同一人物だ」


「冥にとって因縁の相手から送られてきたものなのね。でも、どうして私なんかに? 私は田舎住みだし、都会の知り合いなんて一人もいないのに」


「いるだろ、一人。あんたの姉であり、私の母親……タワー最上層のトップ。市原常世」


「姉さん……やっぱり、分からない。どうして私に?」


「あんたが常世の唯一の血縁関係だからさ。だんだん分かってきたぞ。奴の魂胆が! 懐に忍び込めないなら、既に懐にある物を毒に変えさせちまえばいい! ハッハハハ! 脳をイジり過ぎて、情まで失ったみたいだな!」


 冥は自分の膝を叩きつけながら、天井に向かって大笑いした。人権を無視した実験を強制的に行われ、心身共にボロボロにされた過去。怒りや恨みを感じる間もない恐怖の連日。朦朧とする意識の中、聞こえてくるのは機械的で一切の情が無い会話。冥にとって、最初で最後のトラウマ。

 そのトラウマを打ち消すチャンスと材料が、意図せず揃っている。


「さぁ! 難しい話はここまでにしよう。飯だ飯。腹減ったよ。今日のメニューは?」


「熱い蕎麦と野菜の天ぷら」


「そうか、蕎麦と天ぷら……蕎麦と天ぷら?」


「うん……うん?」


 二人は急いで食卓に駆け込み、テーブルの上に目を向けた。テーブルには既に盛り付けられた天ぷら蕎麦が二人分置かれており、当初出ていた湯気は見る影もない。

 近付いて見てみると、天ぷらの衣はふやけて剥げており、蕎麦は酷くのびていた。


「あちゃ~。これじゃあ冷や蕎麦だ」


「……蕎麦って、こんな切れやすかったか?」


「まぁ、食べられないものじゃないし、味も大して変わらないから。さぁ、食べましょう」


 二人は席に座り、丼に口を近付けて蕎麦を啜った。蕎麦のコシは見る影もなく、赤子が食べる離乳食のような食感。天ぷらは衣が剥がれ、もはやただの野菜であった。

 二人は納得のいかない表情を浮かべつつも、文句が口から出てくる前に、蕎麦を腹の中にしまいこんだ。 

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