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箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
二章 再生
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過去と現在

 奇病【完全燃焼】とは、通常制限が掛けられている人間の力や感覚のタガが外れ、常人離れした身体能力を発揮する。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、痛覚の五つの感覚の他、予知能力に近い第六感が常時機能される。感覚を遮断する術は本人は無く、力を制御するのも集中しなければいけない。

 そして、この奇病の本当の恐ろしさは、常に能力が働く点にある。身体的、精神的な疲れを人は睡眠によって和らげ、生命活動の回復を起こす。完全燃焼を患う奇病患者は、その回復行為である睡眠を行う事が出来ない。一見、眠りについているように見えても、体から生命の時間は失われていく。

 分かり易く例えられるのは砂時計。通常の人間であれば、睡眠で上下を反対にする事が出来るが、完全燃焼を患う奇病患者の砂時計の砂は落ちるばかり。治療法は奇病故に、見つかっていない。

 そんな奇病を患っているのが、冥である。冥は自分が奇病を患っている事実を知らず、知っているのは研究チームとレディだけ。研究チームにとって冥は貴重なデータであり、レディにとって冥は代えの効かない商売道具。双方愛情は抱いているが、その愛情は人間に向けるものではなく、お気に入りの物に向けられる愛情であった。

 だからこそ、冥は小百合に惹かれる。冥を人間として愛し、あらゆる感情を与えては逆に求めてくる。


「冥はさ、どうして都会にいたの?」


 小百合は冥が一ヶ所に集めた雪山から、手の平サイズの雪玉を作りながら冥に問いかけた。


「どうしてって……生きてく為に決まってるだろ」


「でも、都会って危険な場所なんでしょ? 生きてく為なら、そんな場所に留まらずに、他の場所に移り住むと思うけど」

    

「私が初めて人を殺したのは十代になってすぐ。親切に住処を提供してくれたバーの店主だった。私は日々の恩返しとして、店主の望みを叶えようと、幼いながら不用心な言葉を口にした。すると、優しい笑みを浮かべていた店主の態度が豹変して、私の服を引き剥がし始めた。相手は大人で、私は子供。力の差以前に、恐怖を与えられて動けなかった」


「……乱暴、された?」


「いや。その前に殺した。丁度すぐ傍にガラスの破片があって、それで首を突き刺しました。鼻と口が鉄臭さで一杯になる頃には、店主はもう死んでた。私は新しい服と店の金を手にして、すぐにその場から離れた。そこからは路上生活で、周囲から向けられる眼が怖かった気がする。みんな、私を殺そうとしてるってね」


 冥はシャベルを雪に突き刺し、雪が降り落ちる灰色の空を見上げた。


「幸運な事に、私には殺しの才能があった。誰に教わるでもなく、何処をどう攻めれば、敵を殺せるかが理解出来た。頭では実行出来ても、体が動かないんじゃ意味がありませんがね。初めての殺しから二年後、私は再び殺しを行った。今度は、死体の山を築いた。男も女も、当時の私と同い年くらいの子供もみんな殺した。それですっかり殺しに慣れて、怯えて道を歩く事はなくなった」


「あのレディっていう人とは何処で?」


「さぁ、何処だったかな? 気付いたら近くにいて、勝手に私の母親代わりになってたよ。まぁ、実際助けられてばかりだったが……それでも、心の底から信頼は出来なかった。都会で堂々としていられる奴に、悪い奴しかいない」


「じゃあ、私は?」


 自分を指差しながら小百合は尋ねる。冥は鼻で笑うと、タバコを口に咥えて、背中から雪山に倒れ込んだ。小百合は冥の腹を枕代わりにして横になった。後頭部から感じる岩のように硬い冥の腹筋に寝心地の悪さを覚え、頭を動かして柔らかい部分を探していく。

 しかし、冥の体に柔らかい部分は無かった。胸の膨らみは筋肉の塊で、太ももの肉は岩のように硬い。全身筋肉まみれの冥に不満を覚え、小百合は妥協案の自分の腕を枕にした。


「で? どうして都会から出なかったの?」


「まだ理解してなかったのか?」


「むしろ、疑問ばかり」


「中毒って言葉を知ってるか? 強烈な快楽を覚えてしまうと、それ無しじゃ生きていけない。私は殺しとタバコの中毒になった。あっちじゃ、殺しは仕事であれば合法で、何処からでもタバコが買えた。前の私が持ってきた荷物の中を見たか?」


「ううん。大きい荷物だな~とは思ってたけど」


「中身はほとんどタバコだ。数着の服以外、全部タバコで埋められていた。こっちじゃ簡単にタバコが手に入らないから助かったよ」


「救いようが無いね」


「救われるつもりはないさ」


 二人はしばらく空を眺めた。灰色の雲から降り落ちる雪と、空に上っていくタバコの煙。その光景を見て何かを感じる事も無く、目に見えない時間の流れだけを感じていた。   

 

「……今日の晩ご飯、何がいい?」


「美味けりゃ何でも」


「何でもはやめてよ」


「肉」


「どう調理する?」


「暖かいスープみたいな感じで」


「じゃあ豚汁にしよ。冷蔵庫にある適当な具材を詰めたオニギリも沢山作ってあげる」


「なら、そろそろ起き上がろう。私はもう少し雪を集める。あんたは飯の支度をしてくれ」


「了解、旦那様」


 小百合は体を起こすと、遅れて感じてきた寒さに身を震わせながら家の中に入っていった。吸っていたタバコを吸い終えた冥は、雪山に刺していたシャベルを手に取り、残っている雪を雪山に放り投げていく。

 雪かきを終え、冥が食卓に来ると、テーブルには湯気を放つ豚汁とオニギリの隊列が用意されていた。二人は席につき、手を合わせて頭を下げると、晩ご飯を食べ始めた。


「美味しい?」


「……まぁ」


「フフ」

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