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箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
一章 破滅
16/22

開花

 坂道を下る冥の心には、ノイズが走っていた。喧騒とは無縁の退屈な田舎から一刻も早く離れて、常に死と隣り合わせの都会に戻りたい本心。退屈でありながら、胸の穴を埋める田舎に留まりたい本心。二つの本心を持ち、矛盾した考えを冥は同時に抱いていた。


「気分はどう? あなたの事だし、早く体を動かしたいでしょ。大丈夫。あっちに戻ったら、あなた好みの仕事をいくつか探してあげる」


 冥は足を止め、坂道から一望出来る田舎の風景を眺めた。木で造られた家、広過ぎる田んぼ、溢れんばかりの自然。人が住んでいるとは思えない程に、ここは静かであった。

 冥は空を見上げた。雨が止み、快晴となった空は青色にも水色にも見える。

 

「……ここは退屈だな」


「そうね。でも、都会の拡張計画が進んでいけば、こうした田舎も過去のものになる。私達が実際に目にする田舎は、もう見納めかもしれない」


「あの空の向こうには何があるんだ?」


「宇宙と呼ばれていた空間が無限に広がっているわ。人は自ら生まれ育った星よりも、空の果てに広がる宇宙に夢を見ていた。空に天井が作られて、都会に住む人達のほとんどが忘れてしまったけれど。おかげで、果ての無い無謀な夢を持たずに済む」


「夢は持っちゃいけないのか?」


「そうじゃない。でも、実現出来ない夢は、その人の人生の足を引っ張るだけ。せっかく人は夢を見るんですもの。叶えられる夢だけ見ないと」


「つまらん考えだ」  

 

「そのつまらない考えのおかげで、あなたの才能が発揮される都会が出来上がった」


「殺すばかりが私じゃない!」


「そうかしら? 殺すか、壊すか。あなたがしてきたのは、そのどちらかだったけど?」


 冥はタバコを咥え、いつものように火を点けて吸い始めた。煙を肺の中に吸い込み、溜めた煙を空に向けて吐き出した。  


「……タバコが美味い」


「いつもの事でしょ?」


「いや、ただ味が良いだけじゃない。あっちでは感じられない解放感のような……自分が煙と共に、あの空に飛んでいくような気分になる。今まで数え切れない程にコイツを吸ってきたが、今日が一番美味く感じた……先に帰ってろ」


 タバコを口に咥え、冥は来た道を引き返した。当然、レディは冥を引き留める。腕を掴み、強引に自分側へと引き寄せようとするが、冥は大木のように微動だにしない。


「待って! どうしちゃったのよ!? ここは退屈だと、あなたは確かに感じているでしょ!?」


「退屈さ」


「だったら!」


「仕事として合法的に人を殺し、物を壊し、私は渇きを満たしていた。でも、何人も人を殺しても、どれだけ物を壊しても、また渇く。もうとっくに気付いてる。私は、暴力に飽きてきたんだと」


「なら、別の事で満たせばいい! 都会には様々な刺激があるわ! 必要なら、私も与えるから!」


「それだよ」


 レディに振り返って見せた冥の眼には、覇気が宿っていなかった。


「あんたは私に与えるばかりで、求めてくれない。私はあんたの玩具じゃないんだ」


「求めてるわ」


「たった一つの感情だけだろ? あの女……一つ前の私が、長期間あの女の傍にいた理由が分かった。あの女は、特別なんだよ」


 冥はレディの腕を振り解き、坂道を上っていく。


「……後悔するわよ」


「人生に後悔はつきものだ」


「都会に戻れるチャンスは、今しかない。裏道を知らないあなたは、正規の道を行くしかない。指名手配のあなたでは通れない」


「そん時は、派手に正面突破さ」


「……行かないで」


 冥の足を止める言葉がこれ以上思いつかず、レディは喉に詰まっていた言葉を捻り出した。見た目は若々しくても、流れた時間で浪費する歳の若さを失ったレディにとって、本心を口にするのは抵抗があった。

 しかし、その本心からの言葉のおかげで、冥の足が止まる。冥はレディの方へ振り返ると、眼に覇気を宿した姿になっていた。その冥の姿こそ、レディの膨大な記憶の全てを埋め尽くす姿であった。


「私はあの女のもとに留まる! 会いたい時は、会いに来い! 訪ねる理由がどんなだろうと、私は真正面から迎え撃つぜ! またな、レイン!」


 冥は挑発的な笑みをレディに飛ばすと、再び坂道を上り始めた。レディは、確固たる意志を見せる冥の背中から、冥の考えが変わる事は無いと悟る。

 冥が坂道を上り切ると、そこから果てしなく続く道の途中に、小百合が立っていた。小百合との生活の記憶を失った冥であったが、自分を待っている小百合の笑顔に、自然と笑みがこぼれてしまう。


「もう……戻ってくるのが、遅いのよ!」


「それが人を出迎える態度か~? 言っておくが、あんたが知る私は死んだんだ。初対面なら初対面らしく敬語で話せよ!」


「口悪っ! 初めて会った時は礼儀正しかったのに……というか、私の方が歳は上なんだから!」


「なら余裕を見せろよ。ガキの方が落ち着いてんぞ?」


「自分も子供の癖に……」


「ぶん殴るぞ?」


「えいっ! アッハハハ!」


「はぁ!? こんの女ァ!!! 待ちやがれ!!!」


 二人は自然と距離を縮め、自然と会話を重ね、自然と隣に立ち、そして家へと帰っていく。記憶の違いは、二人にとって問題にはならない。

 二人の心と心。想いは繋がっているのだから。

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