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箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
一章 破滅
14/22

元通りに

 雨が降っていた。降り落ちる勢いは緩やかで、風が吹いていない雨。落ち着く音にも、悲し気にも聴こえる雨の音。

 そんな雨の中を歩く女がいた。黒い傘を差し、田舎には似合わないミッドナイトブルーのドレス。彼女の姿を見れば、そこが何処であろうと、誰もが見惚れてしまう妖艶さ。色褪せた地を歩いてきたかのような儚くも美しい顔立ち。

 女の名は無い。故に、誰もが彼女を【レディ】と呼ぶ。唯一その名で呼ばなかったのは、冥だけであった。そんな冥を、レディは愛した。

 別れも無く、突然都会から姿を消した冥の行方を追い、レディは遂に小百合の家にまで辿り着いた。胸の高鳴りを抑えられない再会と、自分の事を憶えているかの不安。恐怖を与える側だったレディは、恐怖を与えられていた。   

 

「冥……」


 玄関前で深呼吸をしてから、レディは玄関のチャイムを鳴らした。待っている間、レディは携帯している手鏡で髪のセットとメイクの確認をする。

 しかし、いくら待っても、玄関の扉が開かない。レディが扉を開いても、扉が開く音を聴きつけて冥が現れる事はなかった。感覚が鋭い冥が、扉が開く音にも気付かない事に、レディは疑問を抱く。

 レディは傘を玄関に立て掛け、ヒールを履いたまま家の中に入った。都会にある部屋とは違い、木で造られた家に懐かしさを覚えつつ、玄関から一番近い縁側へと向かう。

 縁側に行くと、冥が吸っていたタバコの残り香が染み付いていた。


「このタバコ……冥の吸ってたタバコの臭い……」


 会いたいと願っていた冥が確かにここに住んでいる喜び。気配をさらけ出しても一向に姿を現さない不安。

 ふと、食卓の方へレディが視線を向けると、体を丸めて椅子に座る小百合の姿があった。レディは小百合のもとへと近付き、小百合が椅子から転げ落ちないよう気遣いながら肩を揺さぶる。膝に顔をくっつけていた小百合は、視線をレディの方へ向ける。小百合にとって見知らぬ女性であるレディが家の中にいるにも関わらず、小百合は声を出す訳でも、動揺する素振りすらも無かった。

 ただジッと、レディの悲し気な瞳を見つめていた。


「良かった。生きてるのね」


「……綺麗ね」


「え?」


「その瞳。まるで宝石みたい……」


「……フフ。そんな価値のある物じゃないわ」


 レディは小百合の隣の席に座ると、小百合の膝に手を置く。細く、硬く、まるで氷のように冷たいレディの手の平。傷心状態の小百合は、例え冷たくても、誰かの温もりを求めていた。 


「勝手に入ってごめんなさい。私、人を捜してるの。冥っていう女の子」


「っ……!?」


 冥の名を耳にし、小百合の目が見開く。その変化をレディは見逃さなかった。確かにこの家にいるはずの冥の姿が見えない以上、小百合は重要な手掛かりであった。


「……その子は、どんな子ですか?」


「年中黒い服を着ていて、背丈が高い中性的な顔立ちの子。よく気付いて、よく聞こえて、よく見えて……よく、タバコを吸っていた」


「……冥は、どんな子だったんですか?」


「加減を知らないヤンチャな子。物を壊したら決まって、簡単に壊れてしまう物の所為にしていた……でも、本当は物よりも壊れやすくて、傷付きやすくて……今日のような雨の日は、雨に紛れて泣いてた。声も出さずに、ただ涙を流してた」


「……そう、なんだ……私、全然知らないや……!」


 目元に溜まっていた涙が決壊すると、小百合は子供のように泣いた。レディは泣きじゃくる小百合を落ち着かせようと、小百合の背中に手を伸ばす。


「冥、ちゃん……! 死んじゃった……!」


 小百合が吐き出した言葉で、レディの動きが止まる。レディは追求しようとするも、言葉を出せば、堪えている涙が流れてしまう事を恐れ、何も言えなかった。


「私、ただお互いの関係を元に戻そうとしただけなの……! 一緒に住み始めた頃のような、傍にいる関係を! でも、次第に距離が重なってきて、冥ちゃんへの嫉妬の歯止めが効かなくなって……! 朝、様子を見に行ったら……冷たく、なってて……! どれだけ揺さぶっても、返事してくれなくて……!」


「……そう」


 小百合の言葉を聞き終えたレディは、淡白な返事を絞り出す。冥との再会が眼前に迫ったタイミングで、レディは願いを喪った。悲しみで満ちていく心と、殺意に溢れた瞳。レディは改造された右手を小百合の頭の上に置き、高電圧の電流を流し込もうとする。


「冥ちゃんのお墓を作ったのに、受け入れたくなくて……」


 小百合が呟いた言葉に、レディは僅かな希望を見出した。


「……まだ、冥の死体があるの?」


「……はい」


「何処に?」


「……私の部屋に」


「ほんの少しだけ、冥の様子を見てもいいかしら?」


「……うん」


 小百合はレディに支えられながら、自室へと向かう。扉を開けると、物が散乱した部屋で、唯一清潔な状態を保っている布団の上に、冥が眠っていた。レディは冥の傍に座り、力の無い手を握る。改造手術で機械化されたレディよりも冷たい冥の手。

 

「この子が死んでから、どのくらい経ったの?」


「……三日」


「そう。あなた、名前は?」


「……小百合」


「小百合ちゃん。冥は何度も死にかけてきたの。深い傷を負ったり、毒で血を吐き出したり、銃弾を浴びてしまったり……でも、冥は死ななかった。どうしてか分かる?」


「……強い、から?」


「私がいたから」


 レディは冥の耳元に唇を近付け、囁き声で命令する。


【起きなさい】


 すると、冥の瞼がゆっくりと開き、何事も無かったかのように体を起こした。ポケットに入れていたタバコを口に咥え、ライターで火を点けながら、冥は部屋から出ていこうとする。

 そんな冥の手を、小百合は掴んだ。


「ま、待って! 冥ちゃん、私、その……」


 小百合は自分の過ちに対しての謝罪を口にしようとするが、言葉が見つからない。喪ったはずの温もりを確かに感じられる喜びと、無かった事に出来ない罪悪感に挟まれ、思考が絡まる。

 そんな小百合を見下ろしていた冥は、小百合の手を振り解き、無慈悲な言葉を呟く。


「誰」


 そう言うと、冥は部屋から出ていった。


「…………ぇ」 

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