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箱庭に咲く百合の花  作者: 夢乃間
一章 破滅
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別居

 胸に抱く冥の寝顔を眺めながら、小百合は考えていた。これからの生活をどう過ごすべきか。このまま冥を家に住まわせていても良いのかという不安。冥が共に暮らすようになって、小百合が使う必要の無かった感情が豊かになったのは事実である。

 しかし、豊かになったのは良い感情だけでなく、底の見えない泥の中に沈めていた悪い感情までもが活発化してきている。理由は全て、冥にあった。冥は小百合が欲しがっていた全てを持っており、その全てを無用としている。それにも関わらず、冥は依然として異彩を放つ存在であり続けている。

 冥が傍にいるという事は、小百合にとって、毒にも栄養にもなる事であった。拒否しようにも、吸い込まれるような冥の瞳が拒むのを拒絶する。徐々に体も心も支配され、最終的には、冥にとって都合の良い存在に堕ちてしまう。その事を完全に拒むのではなく、支配される事を望む自分がいるのを小百合は理解していた。

 だからこそ、小百合は決心した。胸に抱き続けている初恋を捨てよう。好かれるのではなく、嫌われてみせようと。

 翌日、小百合は早速行動に移った。冥が眠っている間に、自分では決して解けぬように目隠しをした。目を覚ました冥は、目を開けても暗いままの視界に不思議に思っていたが、目隠しから微かに香る小百合の匂いに気付き、笑みを溢した。

 冥は小百合の部屋から出ていき、記憶にある家の間取りと、周囲から聴こえてくる音で周囲の状況を把握しながら歩いていく。台所で朝ご飯の準備をしている小百合の香りを頼りに、冥が台所にまで行くと、違和感を覚えた。

 台所に来たというのに、包丁で食材を切る音が聴こえない。それだというのに、小百合の匂いは確かにそこにある。蛇口から流れ続ける水の音。沸騰する鍋の音。その場から一切動かない小百合の匂い。

 

「……フフ。朝から頭を働かせるな~」


 蛇口を捻って水を止め、コンロの火を止める。置き去りにされている布を手に取り、鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、洗濯をし忘れたまま放置された服だと理解した。


「どうりで匂いが強いわけだ」


 すると、外から軽トラのエンジンが点いた音が聴こえてきた。裸足のまま外に出て、一度周囲の音に意識を集中させた。雑音を処理していき、その中から小百合と思われる音を探し出す。

 少し離れた場所にある茂みから、何かが動く音がしたのを冥は耳にした。茂みの方へ進んでいくと、茂みに潜んでいた何かは茂みから出て、堂々と足音を立てながら走り出した。

 徐々に離れていく足音の後を冥が追いかけていくと、扉が閉まる音がした。手を伸ばし、扉のドアノブに触れると、ザラザラとした錆びた感触が伝わってくる。

 扉を開けて中に入ると、そこは古い空気に包まれていた。手を伸ばして周囲の物の配置や、広さを確認していくと、前方から人の気配を感じ取った。


「……小百合さんですよね?」


 冥は前方に存在する気配が、小百合の気配だと断言出来なかった。息遣いを隠され、匂いが全くしない所為だ。


「警告させてください。もし、小百合さんなら何でもいいので一言喋ってください。無言で私に襲い掛かってくる場合は敵と見なし、動きます」


「……私だよ」


「良かった! 無言のままでは、小百合さんの事を殺してしまうところでしたよ! それで、何を持っているんですか?」


「どうして……!」 


「直感ですね。わざわざ室内に誘い出し、私との距離を得物を持った場合の間合いでキープしている。分からない事は二つ。目的と理由ですね。私を傷付ける為か、殺す為か。その行動に至った理由。探偵じゃないので、そこまでは分かりません」


「……今から、冥ちゃんに酷い事をする」


「フフ。随分可愛らしい脅し方ですね?」


「私の指示に従って。そうしたら、お互い痛い思いをせずに済む」


 冥は頷くと、小百合の指示に従い、壁に寄りかかって座った。小百合は無抵抗を貫く冥の手足を縛り、身動きを取れなくする。


「……しばらくの間、冥ちゃんはこの状態でいてもらうから」


「別に良いですけど……理由を聞いても?」


「……私達は、私達が思っている以上に歪んだ関係になってきてる。このままじゃ、人としての尊厳すら平気で捨ててしまうわ。だから、少しの間、離れて暮らす事にしましょう」


「理由は分かりました。ですが、どうしてここまで?」


「あなたが怖いからよ」


 小百合は冥の頬に伸ばした手を引っ込め、倉庫から出ていった。小百合から恐怖の対象として見られている事を知った冥は、心に深い傷を負った。冥が良しとしていたのは【与えられる事】であり【拒絶】ではない。

 独り、倉庫に取り残された冥は、縛られた手でポケットに入れていたタバコを取り出そうとする。しかし、固く縛られていて上手くいかず、小百合に拒絶された事もあって、苛立っていく。モヤモヤとする気持ちをリセットする為に、後頭部を壁に何度もぶつけ、意識を薄めた。


「……怖い、か……小百合さんの声で聞かされると、結構キツイな……」


 今まで散々と聞いてきた拒絶の言葉。不快感を感じたのから始まり、次第に優越感に浸れる思考な言葉と化していた。

 初めて心を許し、初めて恋をした小百合の声でハッキリと拒絶された時に感じたのは、言葉では表せない暗闇であった。路地裏の暗闇や独房の陰鬱とした暗闇とは違う、一筋の光も無い闇。

 冥は親指を咥え、衝動を抑えつけながら、再び小百合が現れる事を願いながら待ち続ける。倉庫に監禁されてから、まだ一分も経っていない。

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