疑惑
「なんのことでしょうか」
俺は作り笑顔を浮かべて向きかえる。その場の空気が凍って緊張感が高まっている。俺の正体に唯一近づいている老人は落ち着いて目を閉じていた。目が見えないのかもしれない。しかし、こんな人前で戦闘を起こしたらそれこそ魔王軍であることを認めているようなものだ。
「ちょ、長老いきなり何をおっしゃいますか」
老人の脇にいるサポーターのような存在は動揺していた。この疑惑が全くの嘘なら大問題だから当然だ。
「そうですよ、俺はただ善意で」
「そんな悪の魔力を漂わせて、か」
その流れに便乗して煙に巻こうと思ったが不可能なようだ。ぎろりと睨まれたような感覚に襲われてたじろいでしまうが、ここで諦めてはいけない。
「ただの旅人ですから、そんな言いがかりをやめて下さいよ」
俺はヘラヘラした不遜な態度で応対したが、完全に焦りが態度に出ていてまずい展開だ。老人は変わらぬ調子で少しずつ俺を追い詰めていく。
「儂は王国の軍人だったから多少の魔法の知識と審美眼は持っているつもりだ。戦闘で視力を失ったから故郷のここに戻ったがまだお前程度なら捕まえることはできる」
逃げる選択肢もここで消失か。俺は降伏の意を示すために両手をあげる。どうせ詳しく調べられても俺自体が闇魔法を使えるわけではない。基礎魔法くらいしか使えない俺自体は無害だ。
「分かりましたよ、隙に調べて下さい。そして、もし俺にコウモリ退治を依頼したいならなるべく早くお願いしますよ」
「ねえ、スぺクルさんは私を助けてくれたんだよ。悪者なわけないじゃない」
フィーレが長老に語りかけてくれた。これは嬉しい誤算だ。想像よりも早く解放されるかもしれない。長老は手で触って俺の身体検査と魔力の分析を丁寧に行った。
「なぜかお前自身の魔力が微弱で詳しく解析できない。それに、お前を擁護する者もいるため、コウモリ退治を命ずる。それで、疑惑を晴らすといい」
俺は監視役の長老とその他数人の若い男と共に洞窟に入った。内部は入り組んでいて、かつ骸骨が転がっていてゾッとする。腐敗臭が鼻腔を刺激して、呼吸をするのも億劫だ。
「これは勇者御一行の方の骨でしょうね。本来なら村で埋葬してあげたいのですが、生憎私もこんなに深くまで進んだのは初めてで、申し訳ない」
村の若い男で名は確かリュードが死骸の前で手を合わせて、遅ればせながら死を悼んでいる。俺は今村を苦しめる原因はこいつらなのだから気持ちは理解しかねる。しかし、ここで反論したところで分裂を招くだけなのでグッと胸にしまい込んでおく。
そして、俺達は最深部にやって来た。中央には血塗られた勇者の剣が地面に突き刺さっていて、かつての戦いの凄惨さを物語っていた。そして、おびただしい数のコウモリが俺たちを歓迎してくれた。