21. 国王の代理人は『血塗れ王太子妃』に試される
ディランの代理人ガスターが腕を押さえ、為す術もなく少女の足元にうずくまっている。
場内の興奮は冷めやらず、国王ルーカスと王弟ディランは、マーニャのいるアリーナへと足を踏み入れた。
「どういうことだ……?」
剣を落として泣き叫び、恐怖に逃げ惑うのではなかったのか。
見苦しい姿を晒せば晒すほど、ディランには都合が良かったのに。
ずるずると剣を引きずり逃げ惑う姿に、ほくそ笑んだまでは良かったのだが――。
「これでは計画と違うではないか!?」
煌々《こうこう》と輝く黄金色に瞳が染まるなり、まるで別人……重そうにしていた剣を軽々と持ち上げ、ゆったりと一振りした。
その後はもう、目も当てられない。
まるで歴戦の猛者のような太刀筋に、ガスターは子供のようにあしらわれ、打たれ、そして今や惨めに這いつくばっている。
「負けを認めて赦しを乞うはずでは……!?」
風が舞い、ふわりとなびいた髪から覗く少女の瞳が、陽の光を鋭く反射する。
ディランの問いかけを無視し、野性味を帯びた獣のように鋭い動きで現王ルーカスに向き直ると、聖女にも関わらず騎士の礼をとった。
敵国の王に娶られた、亡国の王女。
神罰がくだるほど神に愛された、神聖国の聖女。
そして決闘裁判に勝利した、――国王の代理人。
様々な代名詞が観客の頭を過ぎっているのだろうか、場内の空気は一変し、誉れ高き聖女を妃とした現王ルーカスへの称賛に変わる。
「これほど剣を使えるなんて!? こんな話は聞いていない。俺を謀ったな!?」
「……いいえ」
《アンジェリカどうする? お前が好きそうな場面だが》
《ん――、今回は止めておくわ》
《そうか、……まぁいい。私の出番はここまでだ》
状況が呑み込めないディランの眼前で、瞳が澄んだ翠緑に代わる。
てっきりアンジェリカが入るとばかり思っていたのに、ここでの引継先はまさかのマーニャ。
《どう対応するか楽しみだわ》
アンジェリカが上空で、クスクスと笑っている。
実権無き国王ルーカスに、激怒するディラン、そしてうずくまるガスター。
このメンバーを相手に丸投げされても、何をどうしたらよいものか……事態を収束させる目途がまったく立たない。
緊張で引きつる頬を必死で押さえ微笑むと、マーニャは大きく息を吸った。
「此度の決闘裁判は、アスガルド王国民にこれ以上の神罰がくだることのないよう、ディラン様がお立場を顧みず陛下に進言し、実現したものです!」
聖女を娶るなど、神をも恐れぬ所業だとお思いになりませんか?
未だかつてない、必死の聖女アピール。
勝利した直後なので、皆の心に響く……と、思いたい。
「戦争捕虜の待遇改善という私の我儘までも聞き入れ、この戦いに勝利するよう、ディラン様は最も信頼する騎士ガスター様を代理人として送ってくださいました」
大丈夫。
自信に満ち溢れて揺るがない……あの気持ちを、私はもう知っている。
ルビィのおかげで気持ちが高揚しているからだろうか、普段なら縮こまり声も出せない場面なのに、次から次に言葉が溢れてくる。
記録係に聞こえるように、マーニャは声を張り上げた。
《あら? 意外にも頑張るじゃない》
《目の付け所は悪くない》
頭の上から褒める姿が偉そうで、なんだか全然嬉しくない。
ガスターが敗北して面子が潰れ、恥をかかされたことが許せないディラン。
そしてこのままにしておくと、後々まで面倒臭いことになりそうな……執念深そうなガスター。
山のように高い自尊心を持っていそうなこの二人を、宥めすかして何とか丸く収めたい。
であれば、マーニャの手柄を二人にスライドさせたらどうだろうか。
苦し紛れの策だが、それ以外思いつかなかった。
(ディラン様の名声を上げるべく、勝手ながら戦いの途中でガスター様にお伝えし、このような形を取らせていただきました)
そっと囁けば、興味深げにディランの眉尻が上がる。
「そしてガスター様、騎士としての矜持を捨ててまで私を勝たせてくださり、ありがとうございます」
出来ることなら穏便にやり過ごしたい。
起き上がりつつ、なおも手首を押さえていたガスターは、一瞬驚きに目を瞠り……ああなるほどと口角を上げた。
「御自身のお立場を顧みず尽力してくださったこと、感謝申し上げます」
ルーカスそっちのけで二人を称え、ディランの足元で祈りを捧げる。
国王であるルーカスよりも尊重されているのを、対外的に示すことが重要なのだ。
マーニャの説明を受け、ディランやガスターを称える声が上がり始める。
ちらりとルーカスに視線を送ると、傀儡の王は心得たように頷いた。
観客に手を翳すと先程までの歓声が嘘のように、場内がシンと静まり返る。
「ディランと手を組み画策したのには驚いたが……まぁいいだろう。此度の勝者、聖女マーニャの願いを聞き入れよう」
ディランとガスターの面目を保つことは、出来たはず。
割れんばかりの歓声の中、マーニャは闘技場を後にした。