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19. ここからは教育の時間です


 どちらか一方が負けを認めるか、剣を持てなくなるまで。

 シンプルなルールだが、要は相手の戦意を削げば勝ち。


 それにしても、たかだかマーニャ相手にこれほど屈強な騎士を送り込むとは……。


 戦いの合図が鳴り、割れんばかりの歓声の中、王弟ディランが選んだ代理人ガスターはゴキリと首を鳴らした。


 圧倒的な実力差に薄ら笑いを浮かべながら、ガスターは一歩ずつ間合いを詰める。

 見えない何かに押されるように、ジリジリとマーニャが後退った。


「どうした? 逃げないのか?」


 逃げ惑う姿が見たかったのだろうか、ガスターは少し拍子抜けしたように動きを止める。


《ちょっと始まっちゃったわよ!? 早く飲みなさい!!》

《おい、マーニャ。酒の小瓶はどうした》

「お、お待ちください。ただいま準備を……」


 ルーカスに宣言したまでは良かったのだが、二人から急かされる焦りと、試合が始まった緊張で思い通りに指が動かず、ポケットの小瓶を上手く掴めない。


《でもルビィ様、あまり強すぎると不自然に見えるのでは?》

《……アンジェリカ、お前はこの私に演技をしろと言うのか?》

「演技ではなく配慮ですね」


 黙れとルビィに怒られながら、マーニャはゴソゴソとポケットを探った。


 そもそも代わったからといって、本当に勝てるのかも分からない。

 ルビィの強さが未知数な上に、生前愛用していたという黒剣がやたらと重い。


 持ち上げることすら出来ない残念な細腕……後退る距離に合わせ、引きずった剣先が土に線を描いていく。


《逃げ惑う中、一瞬の勝機を掴んで勝つほうが刺激的よね》


 すぐに勝利するよりも遥かに観る者の理解を得られ、かつ観客のボルテージは最高潮になるわ、とアンジェリカがいらぬアドバイスをしている。


 コソコソと話すマーニャ……だがガスターから見ると独り言を言っている様にしか見えず、訝し気な視線を送られる。


「一人で何を喋っている?」

「い、いえ何も」

「……すぐに降参されたら、お前を斬れずに終わってしまう」


 つまらんな、とガスターは悩ましげに眉をひそめ、それから良いことを思いついたとでもいうように口端を歪めた。


「……喉を、潰すか? だが悲鳴が聞こえなくなってしまうな」


 喉を潰す!?

 あまりのことに、マーニャはヒュッと息を呑む。


 負けを認めれば即試合終了……聖女を痛めつけたいこの男は、降参出来ないよう喉を潰す気らしい。


 先程まで緩慢な動作だったガスターは突如大きく踏み出し、マーニャの動きを試すように軽く剣を振るった。


「きゃあッ!?」


 思わずしゃがみ込むと、剣が頭上を通り過ぎ、髪の毛がパラパラと地に落ちる。

 マーニャの弱さと恐怖に怯える姿を楽しんでいるかのように、剣が当たらないギリギリを狙ってきたようだ。


 致命傷を与える気のない、甚振(いたぶ)るだけの剣戟。

 やっと小瓶を掴むが蓋を開けるタイミングが見つからず、黒剣を手離さないよう必死で握り、引きずりながらマーニャは逃げ惑う。


《チッ、忌々しい男だ。マーニャ、今すぐ代われ!!》


 耳元にはルビィの怒鳴り声。

 一方的な戦いに歓声は次第に小さくなり、そのうち誰も声を発しなくなった。


 観客が息を呑んでマーニャを見つめる中、壁際に追い詰められ、ついに瓶の蓋を開けたその時、ガスターの剣が鼻先スレスレを横切った。


「ああッ!?」


 避けようと背中を反った拍子にツルリと滑り、小瓶が手からすり抜けていく。


 受け止める間もなく、地に向かいまっすぐに落ちていき、――ガシャン、と音がして小瓶が割れた。


《こっ、このバカ者がぁぁぁッ!?》

《何やってるの、スペアはないの!?》

「ど、どうしましょう!? 一本しかありません!」


 もはや絶望的、――ガスターの剣がマーニャの肩を貫こうとしたその時、ルビィがマーニャに向かって突っ込んできた。


 牢馬車でルーカスの屋敷へと向かう途中、身体を乗っ取ろうとして弾かれたのは記憶に新しい。


 だが駄目で元々、もうこれ以外に方法がないのだ。


《今すぐ身体を拓け!!》

「身体を拓く!?」

《神託を受けるイメージだ。死ぬぞ大バカ者、早くしろ!!》


 相変わらず無茶を言う。

 神託を受けるイメージなど湧かないが、出来なければ死ぬだけだ。


 自我を弱くする、神託を受ける、身体を拓く……どれか一つでもできれば、可能性はあるのだろうか。

 マーニャに向かってルビィの腕が伸ばされる。


 弾むように鼓動するその胸へ、沈み込むようにルビィの指先が振れ、そしてズプリとめり込んだ。


《マーニャ、私を受け入れろ》


 ルビィの声がマーニャの内側を揺らし、重なる身体は互いの体温を確かめ合うかのように、感覚を共有していく。


 血液が身体の至るところを余すことなく巡り、研ぎ澄まされた神経が肌を撫でる風の匂いすら感じとるようだった。


 体内で何かがうごめき、マーニャの四肢を支配する。

 ガスターの剣が肩を貫く直前、身体を斜め向けてかわし、飛びすさる。


 先程まであんなに重かった黒剣が手に馴染み、まるで自分の身体の一部のようだ。


 これまでは意識が途絶え、掻き消すように目の前が暗転していた。


 だが、今は――――。


「……愚かな騎士よ。お前に慈悲を与えてやる」


 先程まで子ウサギのように怯え、逃げ惑うばかりだったのに。


「どうした聖女。俺に懺悔でもさせるつもりか?」

「……残念ながら、お前と違って弱い獲物を甚振(いたぶ)る趣味はない」


 同じ身体、同じ声、――それは、紛れもなくマーニャであるはずなのに。


 その瞳は陽の光を受け、眩いばかりの黄金に変わる。


 ルビィの放つ圧倒的なプレッシャーに気圧され、ガスターの額に汗がにじんだ。


「さて、ガスターと言ったか?」


 お前のようなクズが近衛騎士とは、この国も落ちぶれたものだな。


 形の良い唇がゆっくりと弧を描く。


「戦いとは何なのかを教えてやろう」


 一瞬の隙も見逃さず、獲物へと狙いを定める肉食獣のように。


 感謝しろと呟くなり、ルビィの足は、地を蹴った。





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