17. 見ないふり、知らないふり
「……興味を引くなとあれほど忠告したはずだ。他人を道具としか思っていない奴の懐に入って何になる」
だが俺も同じようなものか、とルーカスは自嘲気味に呟いた。
「ひと思いに処刑されたほうが楽だったと、後悔することになるぞ」
「……」
「祖国の戦争捕虜がどれほど悲惨な扱いを受けているか、お前には想像もつかんだろう」
処刑される未来が待っているとはいえ、衣食住を与えられ、どれほど恵まれた環境にあるかはよく分かっている。
「とはいえ生き延びたい、という一点で見れば、アンジェリカの選択は間違っていない」
公開処刑の件は、あの男の命令なのだろうか。
問いかけても、答えがもらえるとは思えなかった。
「勝つにしろ負けるにしろ、ディランの気を損ねないようにすることだ」
さらには決闘中、ルビィと入れ替わっても構わないと許可される。
「……よろしいのですか?」
「ルビィがいたとしても、その細腕で黒剣が振れるかは疑問だがな」
男性と見紛う程の逞しい身体。
そのルビィが愛用していた剣ともなれば、鍛え上げられた騎士でもない限り、充分には振れないだろう。
「くだらない決闘などすべきではないが、無理だと思ったらすぐに剣を捨てて投降しろ」
思い出すのも不快な男。
ルーカスの弟であるようだが、まったく似ていなかった。
「腹違いの弟だが、力関係はあちらが上。俺は逆らえん」
「……ルーカス様は」
宝物庫の権限を有するとはいえ、聖職者にはとても見えません。
であればルーカス様は、……王族なのですか。
喉元まで出かけた言葉を、マーニャが飲み込んだことに気付いたのだろう。
「この話は、これで終わりだ」
話を中断し、部屋に戻れと促される。
神殿に住まう者は誰もが身に着ける、『見ないふり、知らないふり』。
――これはきっと、知るべきではないのだ。
***
(SIDE:ルーカス)
あれからディランが内々に手続きを進め、書類上マーニャは妃としての身分を得た。
敗戦国の王女……しかも、曰く付きの聖女であるため扱いが難しく、どのような立場に置くかで議論が紛糾する。
「せめて愛妾に格下げすべきではないでしょうか」
「……何故だ?」
批判の声は止む気配がなく、王宮の儀典用広間に集まった貴族達は口々にルーカスを非難した。
「処刑場の落雷を神罰と称し、疑義を唱える声が大きくなっているのだろう?」
まとわりつく視線を払うように、ルーカスは語気を強める。
いつもであれば反論を許されず、非難されるがままのルーカスだが今日は別。
すべてはディランの台本通りである。
「であれば聖女を取り込んでしまえばよい。神の恩恵は我らのものだ」
ルーカスはその場にいた者達へと順に視線を向け、そしてディランへと向き直った。
「どうしても不満であれば、どうだ? 反対派の貴族代表として、『決闘裁判』でもするか?」
お前が勝てば、考え直してやろう。
久しく耳にしない『決闘裁判』に、ザワリと場が揺れる。
この反応も、想定通り。
タイミングを見計らい、我慢ならないとばかりにディランは声を荒げた。
「受けて立ちましょう! ですが陛下は誰を代理人に立てるおつもりですか!?」
「誰に、とは?」
「該当する者は、病に臥す母と娶ったばかりの聖女だけ。かといってご自身も決闘には出られない。まさか聖女を代理人に命じ、戦わせる気ですか?」
「それの何が問題だ? 神の裁きで命を奪われないよう、よくよく気を付けることだな」
聖女を代理人に指名すると知り貴族達がどよめく中、ルーカスは口端を上げる。
「妃など幾らでも替えがきく。万が一にも勝利するようであれば、王妃の座を与えてもいい」
もし敗北して死に向かうなら、偽聖女に謀られたのだと、その場で民衆を説き伏せてやろう。
そもそも極刑に処せられるはずだったのだ。
お前達の望むところだろう、――と。
代理人として散れば、やはり神罰ではなかったのだと、民衆も納得するに違いない。
「ディラン、どうだ?」
「……承知しました。それでは陛下、そのご提案をお受けしましょう」
ゆったりと余裕に満ちた笑みを浮かべ、ディランは頷いた。