11. ちょうど困っていたところでした
悪夢のような祝賀会が、やっと終わった。
あの後も容赦なく糾弾され続けて、疲労困憊。
王の執務室でルーカスが机に突っ伏していると、ノックもせずにディランがずかずかと入って来る。
「兄上、聖女とやらをさっさと王宮に連れて来たらどうだ? そのほうが俺もやりやすい」
何が、どうやりやすいと言うのか。
だがやはりそうきたかと、ルーカスは嘆息する。
「戸惑い、怯え、まともに会話を交わすことすら難しいと報告を受けています。できればその日を迎えるまで、このまま屋敷に留め置きたいのですが」
「……屋敷に留め置くだと?」
何を馬鹿なことをと、ディランに鼻で笑われるが、この状況でマーニャを王宮に呼べば、絶え間ない悪意に晒されることは目に見えている。
「非難の矛先を向けるには、王妃として派手に擁立することが一番だ。影も形も見えぬのでは、面白みが半減するではないか」
「想像の中にあるからこそ、悪意が膨らむ、ということもございます」
さらにあの悪霊達が好き勝手やらかした日には、より一層火に油を注ぎかねない。
死にゆくだけの娘が憐れでならず、なんとか王宮行きを阻止してやりたかった。
「しかしそれでは、暇つぶしにもならない」
「暇つぶしをする前に、これでは潰れてしまいます。自死されでもしたら世論は同情に傾き、美化されて逆効果になりかねません」
神聖国の拝するダリオス神のもとでは、自死は禁忌とされている。
それゆえ、敬虔な信徒でもある聖女マーニャが自死などするはずがないのだが、他に言い訳が思いつかなかった。
「珍しく庇いだてをするな……どうした? 兄上らしくもない」
しまった、食い下がりすぎたか。
だがここで反論せねば、すぐにでも王宮へ呼ばれてしまう。
「人目に触れさせたくない理由でもあるのか?」
「まさか。そのようなことは、一切ございません」
「そうか? ……まぁいい。念のため、婚姻手続きは一時差し止めにしておこう」
これまで言いなりだったルーカスが、マーニャの王宮行きを拒否したことが余程以外だったらしい。
猜疑心が強く、慎重なディラン。
マーニャがどのような娘か、今ある地位を脅かす者でないか……自分の目で確認をしてから手続きを進めることにしたのだろう。
「折角だから、久しぶりに兄上の屋敷へ足を伸ばすとするか。さて、何時がいいか……」
薄暗い執務室に響く声は冷たく、じっとりとルーカスの首元に絡みつくようだ。
できれるだけ接触をさせたくなかったのに……。
ディランの興味を引いてしまったことが、悔やまれる。
「では早速、今晩伺うとしよう」
楽しくてたまらないとでも言うように、ディランは嘲笑った。
***
「吐きそうです」
《馬鹿め、耐えろ》
「ひ、ひどっ、ルビィ様ひどいです! やり方も分からないのに!!」
ミルク粥を何とか喉に流し込み、お腹いっぱい。
人心地ついたマーニャを鍛えるべく、ルビィが鬼軍曹さながらに檄を飛ばしてくる。
《怪我をしているとはいえ、三日も寝ていたのだ》
《少し身体を動かさないと、いつまで経っても回復しないぞ?》
あのルビィが優し気に声を掛けてきた時点で、もっと警戒すべきだった。
《貴女を護るためなのよ?》
《私達が入るための『隙』を作ることは、相手を油断させるための良いトレーニングにもなるわ。この経験は、きっと将来役に立つと思うの》
……一年後に公開処刑されるのに、ですか?
役に立つ将来像がまったく思い浮かびませんと、アンジェリカに反論すべきだった。
後悔先に立たずとはまさにこのこと。
断り切れなかったばっかりに、かれこれ一時間、身体を拓くための練習が続いている。
「病み上がりなのですから、これが限界です」
《情けない奴め。我らの器ともあろう者が弱音を吐くな!!》
「う、うつわ!?」
たまに寝落ちをしそうになりながら、必死に二人の相手をするものの、マーニャの集中力はもはや限界である。
《マーニャの雑念が多すぎるんじゃない?》
「アンジェリカ様まで!? 何が雑念ですか! こんな状態で無の心なんて、到底無理です」
《まず鍛えるべきは、その軟弱な精神力だな》
ああ言えば、こう言う二人。
「そもそも、お二人が入っている間、私は何も見聞き出来ないのです。前回は運よく戻れたからよいものの……」
目が覚めるなり酷い状況でしたとマーニャが不満をぶつけていると、続き部屋の扉がノックされ……現れたのは、三日ぶりのルーカスだった。
「誰と話をしている?」
「ええと、その」
「そこに、いるのか?」
「……はい」
意識のある状態で会うのは、これで二回目。
館の主ルーカスは眉をひそめ、小さく頷いたマーニャを苛立ったようにを見据えている。
「あの、医師を呼んでくださり、ありがとうございます」
「一年を待たず、死なれては困るからな」
素っ気ない物言い……だが悪女達が気になるのだろう、周囲の様子を窺っている。
「ルビィかアンジェリカ、どちらかと話がしたい。呼び出せるか?」
突然の御指名に、浮足立つ悪女達。
それが出来なくて、ちょうど困っていたところなんです!
……とは、言えなかった。