「サトワタリ」
今日の仕事は、「異物狩り」ではなくて、「異物守り」だ。
満月にして大潮の夜、山地に順応した「里渡り」という蟹が、卵を抱えて海に降りて来る。
満ち潮に放つばかりの孵化直前の卵だ。
この姉雨市の観光名物にもなっているという、そのサトワタリを守るアルバイトだ。
人里、街や村の上空を飛ぶ平べったいカニを、見守るのではなく、実力行使で守るのである。
サトワタリは飛行に特化したカニだが、食べるのではなく、いたずらに撃ち落とそうという者が後を絶たないのだそうだ。
そのためのパトロールに、俺は駆り出されたのだ。
打ち上げ花火、ゴム銃、クロスボウで撃つのはまだマシな方で、散弾銃で射つ頭のオカシイ者もいるそうだ。自分の楽しみに忠実な、ある意味、羨ましくもある馬鹿者だ。
二人ひと組でのパトロールだと言うのだが、このアルバイトに誘ってくれた知り合いの異物狩り、岩崎さんとは組ませてもらえなかった。
専門家を組ませるのは、勿体無い、という話だった。別に「狩り」じゃないのに。
岩崎さんは、異物狩りには珍しい女性で、しかも美人だったので、大変に残念だった。
組まされたのは、この街の自治会理事、サトワタリパトロールのベテラン、村田という白髪頭の老人だった。
「満潮が近いので、どんどん飛んで来ますなあ」村田さんは懐中電灯で足元を照らしながら、明るい夜空を見上げて、ゆっくりと歩いている。
位置的には、街の外れなので、満月の月明かりがあるが、木陰が暗い。街灯も少ない。
繁華街の方は、建築物から漏れる光り、屋上からのライトアップもあり、明るい。
サトワタリのちょっとした集団で、大仰な歓声が起きているのが分かった。
「それで、注意しても言うことを聞かない奴がいたら、警察に突き出して良いんですね?」と、俺。
「はい。そう言う権限が、今日の自治会にはあるんです」
観光資源を弄ぶ輩は、少々痛い目に合わせても構わない、という法律が、この土地にはあったのだ。
知らないでこの土地に入ると、酷い目に合ってしまう、物騒な話だった。
雑木林沿いに歩いていて、頭上で、ギャッ! ギャッ! という甲高い鳴き声が聞こえた。
「危ない、鈴木さん!」
相棒、村田さんの嗄れた声に、俺は首をすくめて少し走った。
後ろに何か、落ちた音がしたので振り返って電灯の明かりを向けると、フクロウが地面で暴れていた。
しかも、ただならぬ状態だ。飛行烏賊、トビゲソが三匹も絡みついていたのだ。
ギャッ、ギャーー!
騒ぎ続けるフクロウを見て、
「フクロウの奴、サトワタリを襲っていたんでしょう」と笑う村田さん。
「カニはイカの好物でしょ。奪い合いですね」と俺。
「いや、この時期だけは、トビゲソは子持ちのサトワタリを守るのです。だって、餌が減ったら、困るでしょうが」
「うへえ。賢いイカですね」
「これはまあ、自然の摂理ですから、放っておきましょう」
村田さんはトビゲソたちの格闘を大きく迂回して、俺の所まで来た。
「確かに。面白半分でサトワタリを撃つ人間とは違いますもんね」
「ところで、あなたでしょう? 一昨日、大蛇風を殺したという異物狩りは」
「ああ。たまたま目についたので、殺しましたね。何か不味かったんですか?」
「いえいえ、透明と噂の生き物を、よく見つけたなあと思って」
「幼体だったので、動きが活発で、地面が揺らいで見えたんですよ」
「地面が揺らぐ?」
「まあ、オロチカゼの動きに合わせて、ゆらゆらとですね」説明に困る俺。
「わたしは、まだ一度もオロチカゼを見たことがなくて。そもそもこの姉雨市にオロチカゼがいること事態、知りませんでしたよ」
「ああ。じゃあ、俺が殺したのが、お初ですか?」
「土地の新聞、読んでいませんね、鈴木さん」
「はい。新聞は旅館にはありましたが、読んでないです。でもね、村田さん」
「はい? なんでしょう」
「昔からオロチカゼが棲みついていて、被害がないのは考えられないので、最近に何処かから移って来た奴だと思いますよ。産卵とかで」
「なるほど。専門家が言うのなら、そうなんでしょうな」
俺は自慢じゃないが、狩っているだけで、専門知識はさほど無かった。
『敵を知り己れを知れば百戦危うからず』という言葉があるが、俺はオノレも敵もよく知らない。
つまり何処にでもいるハズレな凡人だ。
今も闇が怖くてしかたがない。
闇に異物が潜んでいたら。たとえば、闇夜の道に、オロチカゼが寝そべっていたら? 間違いなく知らずに蹴ってしまい、襲われるだろう。
「この辺は暗いですねえ」木陰、茂みが多い。懐中電灯を振る俺。「サトワタリの本道とも離れているみたいだし……」
そこここに塒を巻く漆黒に負けて、喋り出した俺を置いてけ堀にして、急に走り出す村田さん。
「ちょっとあなた、今、空に向かってパチンコを射ちましたね?!」
そう言えば、振り回した懐中電灯に人影が浮かんだっけ?
「なんだよ、爺さん。あんたに関係ないだろうが」と言うパチンコを手に持った奴は、髭面の大男だった。
「俺たちは地元自治会のパトロール隊だよ」村田さんに追いついて、腕の腕章を電灯で照らして見せる。「観光資源を荒らす奴は、ブタ箱に一晩泊まってもらう」
言ってはみたものの、相手の体格にビビる俺。
「そんな権限、あるのかよ」胸を反らし、腕を組むデカブツ兄ちゃん。
「あるんだよ、この地方の法律にな。じゃあ、反抗罪で一晩ブタ箱な」適当な罪をでっち上げる俺。
「まあまあ、本人も反省しているようだし」事を荒立てたくないのか、一、二歩下がって村田さんがなだめ始めた。
「そうだぞ。ハッタリ言いやがって」
「この人は、パトロールの応援に来てもらった異物狩りの鈴木さんだ。喧嘩は止めた方がいい」と、俺の助っ人もする村田老人。
「じゃあ、一晩泊まってもらって良いですね、村田さん」ハッタリで、ホルスターのナイフをいじる俺。
「勘弁してくれ。知らなかったんだよ。もう帰るから。すぐに駅に向かうから」兄ちゃんの声が急に怖気づいた感じになった。
俺が本物の異物狩りと分かったからか? どんだけ異物狩りに悪い噂があるんだ?
そんな所へ、満月の空から白い物体が舞い降りて来て、パチンコ兄ちゃんの顔に貼り付いた。
「うわっ」と言ってひっくり返る兄ちゃん。
顔の物体を取ろうとするが、ひと足早く宙に舞い上がる物体。兄ちゃんの顔が墨を塗ったように黒くなっていた。いや、実際に墨を吐かれたんだが。
白い物体は、空気を推進力として、飛行能力を手に入れた烏賊、先ほどもフクロウを襲ったトビゲソだった。
そして空高く逃げ去る行き掛けに、俺にも墨を吐いた。
「くそっ、俺は味方だぞ!」墨が目に沁みた。
慌てて尻のポケットからタオルハンカチを取り出して目を拭う。
「パチンコの兄ちゃんと抱き合っていたから、アチラの仲間と思われたんだろう。ほれ」と言って、一本のペットボトルを俺に渡す村田さん。
「抱き合ってねえし」と言いながら、ペットボトルの水で目を洗う俺。
「痛い、目が痛い」と、地面に座り込んで情けない声を出している兄ちゃん。
「あんた、押しが効いて良いなあ、また来年も来てくれよ」村田さんが笑って言った。
「この服のクリーニング代、払ってくれるよな?」
「勿論だ。自治会が払わないと言っても、わたしが払うよ」
この爺さん、食えねえ。俺らから離れたのは、トビゲソの攻撃を警戒してのことだろう。
トビゲソの方も、地上の敵を攻撃するのに、隙が出来るのを待ってやがった感じだったし。頭の良い奴らは苦手だ。
「異物の話をもっと聞きたいしなあ」
「そんな面白いもんでもないよ」俺は謙遜でなく、言った。
「いやいや、今どきの話、あんたみたいなならず者も珍しいと思うよ」それは村田さんの本心であろうし、俺もその点に関しては同感だ。
そして来年の大潮の夜にまた、サトワタリの警護のアルバイトに来れるかどうかは分からなかった。
俺の人生に、確実なことなど何ひとつなかったからだ。
その後も小さな揉め事はあったが、サトワタリも終わり、役所に戻った。
山崎さんの顔も、墨に汚れていた。しかし、美人は変わらない。得な話だ。
俺なんか、他の異物狩り仲間に、「みすぼらしいぞ」といわれた。
「知ってる」と答えるにとどめた。
「異物狩り」第二話です。
第三話「煙龍」は、金曜日の夜に投稿予定です。
全四話なので、今週中にアップしてしまおうと思っています。
回文妖術の冒険ファンタジー「魔人ビキラ」は、水曜日、日曜日のお昼12時前後に投稿中です。
ショートショートショートな話、「ビキラ外伝」は金曜日のお昼12時前後に投稿しています。
ビキラ話は、出来るだけ明るい展開を心掛けて書いています。
よかったら、読んでみて下さい。
ほなまた明日、水曜日のお昼に。
「魔人ビキラ」本編で。