3.アレックスパート【3】
ナタリーは怪奇現象の屋敷に戻る気満々だったが、すでに日が傾いている。一般的にイメージする怪奇現象は夜に活性化する。今日のうちにフランを取り戻すのは、諦めるしかなさそうだ。アレックスはそうナタリーを宥め、今日の調査を断念させるしかなかった。
意気消沈するナタリーが、電話の音で気を取り直す。電話に出るのはナタリーの役目だ。
「ない、レヴァラン探偵事務所です。……フラン!?」
ナタリーが声を上げるので、アレックスもデスクから立ち上がった。ナタリーは泣きそうに眉根を寄せながら、アレックスにも聞こえるようにスピーカーに切り替える。
「あの屋敷から出られたの? いまどこにいるの? どこから掛けているの?」
『いや、まだ屋敷の中だ。なぜかパーシー夫人の寝室の電話だけ繋がっているんだ』
その声は間違いなくフランだった。怪奇現象の屋敷に閉じ込められたと言うのに、声は落ち着いている。
「フラン、無事でよかった」アレックスは言った。「何か新しい情報はあるか?」
『特にこれと言って何も。ただ……きみたちが調べた場所も見てみたんだが、ベビーベッドがどこにもないんだ』
落ち着き払って屋敷内の再調査をしている辺り、肝の据わったフランらしい。
「さっき、俺たちもパーシーさんの話を聞いた。パーシーさんには……娘はドロシーしかいないそうだ」
『……となると、屋敷にある日記はすべて怪奇現象……ということになるのかな。確かに、これ見よがしに置いてあるとは思っていたが……』
フランに動揺した様子は見られない。普段はぼんやりした男だが、探偵に最も向いているのはフランなのではないかとアレックスは思っている。
「俺もそう思うよ。あの日記の情報は一切、当てにならない。俺たちもいま、屋敷のことを調べているんだ。パーシーさん一家が住み始める前にも何かあったかもしれない。何かわかったら連絡……は、こっちからはできないよな。そっちの電話番号はわからないよな?」
『ちょっと待っていてくれ』
そう言ったフランが、声を潜めて何か話しているのが聞こえた。まるで誰かと話しているようだったが、あの屋敷にフランと会話を交わせる者がいるはずはない。独り言だろうか。
『すまない。電話番号はどこにも見当たらない。定期的にこちらから掛けるようにするよ』
「ああ、わかった。俺たちも一度、そっちに戻るよ」
『わかった』
電話を切ると、ナタリーが大きく安堵の溜め息を落とした。
「フラン……無事でよかった……」
「屋敷から出られなくなったっていうのに屋敷中を調査しているなんて、フランらしいな。あいつ、肝が据わってるからな」
「早く屋敷に行きましょ。フランをいつまでもひとりにできないわ」
「おーっす、アレックス、いるかー?」
快活な声とともに事務所の扉が開いた。ワイシャツとベストの上からも筋骨隆々なのがよくわかる男性と、対照的に小柄な女性が事務所に入って来る。警察官のバリーとイーディスだ。
「署の資料室を探ってみたら、あの屋敷の書類が山ほど出てきたぜ」
「彼は無事? なんて、確かめようがないわね」
「いや、無事はいま確認できた」
「あ? なんだって?」
「なぜかアイリーンさんの寝室の電話が繋がったの」
ナタリーの言葉に、イーディスは怪訝に顔をしかめた。
「常識の通じる場所ではないみたいね」
アレックスはバリーとイーディスをソファに促す。昔から馴染みのあるふたりに、あの屋敷の調査を頼んだのだ。
「それで?」
「細かい部分は省略するぞ。あの屋敷が建てられたのは五十年ほど前のことだ。初代の家主はマーティン・ウォルター。あの土地の地主だな。ウォルター家は妻と娘の三人暮らしだった。マーティン・ウォルターは、資料では多機能不全で死去とある」
「当時の新聞には」と、イーディス。「怪死事件としてドラマチックに取り上げられていたわ」
「怪死事件?」
「ウォルター家は、あの屋敷を建てた三年後くらいから怪奇現象に悩まされていたの。怪奇現象はそれから続いているようね。娘のメアリもそのように証言しているわ」
「それから怪死事件は続いたようだ」バリーは眉根を寄せる。「怪奇現象の件は新聞やオカルト雑誌で取り上げられる程度で、不動産会社にも開示義務はないからな」
「怪奇現象の原因は?」
アレックスの問いに、イーディスは肩をすくめる。
「さっぱりわからないわ。あの土地にまつわる現象なのかと思って調べてみたけど、特にそれらしい情報はなかったわ」
「メアリさんにお話を伺ったりできないかしら」
「おう、そう言うと思って行って来たぞ」
バリーは大雑把な性格をしているが、そういった気を回すのは得意としている。とは言え、イーディスの提案かもしれないが。
「メアリさんによると、怪奇現象が始まったきっかけは覚えておらず、その原因には一切、心当たりがないらしい。ただ、メアリさんの母親の話では、メアリさんは幼少の頃、あの屋敷に母親には見えない友達がいたようだ。メアリさん本人は覚えていないようだがな」
「……ドロシーさんと同じ……」
ナタリーの呟きに、イーディスが頷く。
「署にあった資料では、あの屋敷ではいままでに三組の家族が暮らし、パーシー家を含めた三組いずれも怪奇現象に見舞われているわ」
「パーシーさんの奥さんは病死なんじゃ?」
「死因がわからないから病死ということにしている……ということね。確かにパーシー夫人の病状は、かなり悪化していた。けれど、命に関わるほどではなかったわ。もし命に関わるほど重症であれば、家族になんと言われようと、医師は入院させて治療するはずでしょ。死因がわからないけど亡くなった……。病気であった以上、病死と言わざるを得ないわ」
「いままでに」と、バリー。「警察や探偵事務所、霊能力者が何人も調査に入っているが、怪奇現象のことはまったく掴めていない」
「いままで調査に入った人が何人も行方不明になってるって……」
ナタリーの表情が不安で曇る。フランもそうなるのではないかと案じているのだ。
「ええ。途中で投げ出した者もいるけれど、いまだに行方が掴めない者もいるわ。それが怪奇現象に関連しているのか、それは証明できていないわ」
「…………」
「霊能力者が怪奇現象についてまとめた報告書がある。持って行くか?」
「ああ、ありがとう」
「とにかく一度、あの屋敷に戻りましょ。フランが心配だわ」
「もう日が暮れるわ。向かうのは明日の朝にしなさい。心配なのはわかるけど、夜の調査はより危険になる。あなたたちに何かあったら、元も子もないわ」
「……ええ」
ナタリーは肩を落とす。元も子もなくなる調査に行くほど、ナタリーも無鉄砲ではない。今日の調査は諦めざるを得ない。フランが夜を越える方法があるかはわからないが、三人仲良く、ということもあり得る。アレックスとナタリーにできることは、とにかくフランの無事を祈ることだけだった。