1.ナタリーパート【1】
アレックスを見送ると、さて、とナタリーは伸びをした。
「あたしも行こうかな」
気乗りはしないが、依頼を受けてしまった以上、もうどうしようもない。アレックスの短絡さには呆れるばかりだ。
フランにも声をかけておこう。
「あたしは西館のほうに行ってみるから、フランは東館をお願いね」
「わかった」
フランは相変わらずぼんやりしている。彼の意識がはっきりしているのかいないのか、それはいつも心配していることだが、しっかりしている面もあることにはある。東館は任せても問題ないだろう。
見取り図を頼りに西館に向かう。屋敷は四ヶ所のエリアに分かれており、西館には中廊下を通って行くことになる。中庭も雑草が咲き乱れていて、清潔感を欠いた印象だ。
◇西館[リビング]
ドアが開いていたのがせめてもの救いだ。こんな埃の積もった床をドアが滑れば、鼻腔が刺激されることは間違いない。
「うわあ、ボロボロ……。何年か前までパーシーさん一家が住んでたんじゃなかったかしら」
少し足を踏み込むだけで、不気味なほどに床が軋む。テレビの特集で幽霊屋敷として取り上げられてもおかしくない雰囲気だ。
「思ってたより広いし、時間がかかりそう。そんなに広くないって言ってたのに……。大金持ちの謙遜はやめてほしいわ。とにかく、調査してみましょう」
【調査開始】
《 ナタリーが気になった箇所に印がつきます。
Eキーで調べてみましょう 》
*テーブル*
ナタリー
「大きなテーブルね……何人掛けかしら。でも椅子は三つ……いえ、ベビーチェアがあるわ。四人家族ってことね。
アレックスったら、屋敷のことなんにも聞かないんだもの。報酬に目が眩んで安請け合いして……。あれで探偵としてやっていけてるんだからビックリだわ」
*椅子*
木の椅子だ。
リビングの雰囲気と合っていたのだろう。
*ベビーチェア*
赤ん坊を座らせる椅子だ。
*食器棚*
ナタリー
「食器もそのままだわ。この屋敷に物を置いたまま引っ越したのかしら……。
ん? 引き出しに何か入っているわ」
【「水色の鍵」を入手した】
ナタリー
「なんの鍵かしら?」
*電話*
ナタリー
「繋がっていたらビックリね」
*冷蔵庫*
「冷蔵庫の中は……見たくないわね。ちょっと変な匂いが滲み出てるし」
*シンク*
水垢がこびりついている。
*カレンダー*
ナタリー
「10年前のカレンダーね。1月のままだわ」
ぺら……ぺら……ぺら……
ナタリー
「2月、3月、4月、5月、6月のカレンダーがないわ。どうして1月だけ残されているのかしら。何かのメッセージ……? まさかね。ドラマじゃないんだから」
*チェスト*
ダイヤル式のロックがかかっている(5桁)
ナタリー
「5桁……どこかにヒントがあるかしら?
そういえば……カレンダーの破られた月は五つだったわ。まあ、物は試し、ってことで。
……開いた。んー……え?」
【「小さな木箱」を入手した】
ナタリー
「さらに箱にも鍵がかかってるの? いったい何が入ってるって言うのよ」
《 Jキーでジャーナルを開いてアイテムを調べます 》
[小さな木箱]
細工の施された木製の箱。鍵がかかっている。
ナタリーはもう一度だけ室内を見回して、小さく息をついた。家族団欒の場であっただろうリビングは、その面影をちっとも残していない。凄惨とも言えるその光景に悲劇すら感じられた。
「調べられるのはこんなものかな? 確か、西館には他にも部屋があったはずだわ。そっちも調べてみましょ」
見取り図によると、リビングの奥にもうひとつ部屋があるようだ。他の部屋も気になるが、二階はアレックス、東館はフランが調査しているはずだ。
◇西館[子ども部屋]
蝶番が錆びているせいで重いドアをこじ開けると、その微かな衝撃で埃が舞う。マスクを持って来なかったのはアレックスの準備不足のせいだ。
「見た感じ、子ども部屋みたいね。やっぱりそのまま引っ越して行ったみたいだわ」
荒れ果てた子ども部屋は、少々恐怖を感じる不気味な雰囲気だ。
「……肝試しに来たんだったかしら」
カーテンは閉め切られ、隙間から漏れる陽光が幽霊屋敷を思わせる。より慎重な調査が必要とされそうだ。
《 Fキーで懐中電灯をオン/オフします 》
【調査開始】
*電話*
ナタリー
「世の中には携帯できる電話機なんてものがあるらしいけど、そんな物が普及したら、叫ぶ必要がなくなるわ」
*本棚*
ナタリー
「いろんな小説や絵本が並んでいるわ。読書家だったのね。あたしは探偵ものの小説を読んだとき、難しすぎてプロローグで投げ出したわ。結局、なんの事件だったのかしら」
*ベッド*
ナタリー
「埃さえ積もっていなければ可愛らしい布団だわ」
*クマのぬいぐるみ*
「可愛いドロシーへ」と書かれている。
*机の上*
日記帳が置かれている。
ナタリー
「錠が水色だわ。さっきの鍵が合うかしら?
ピッタリみたいね。日記帳に鍵だなんて、厳重ね。乙女の秘密というやつかしら。
そんなに見られたくないなら持って行けばよかったのに」
[2月9日]
「今日はあたしの誕生日。いつもはパパもママもリサにかかりっきりだけど、今日だけはあたしが主役!
大きなぬいぐるみをもらっちゃった。あたしももう子どもじゃないのにな。
名前は【ダニー】にしよっと」
[3月7日]
「リサはいつも泣いてばっかり。赤ちゃんって、こんなに泣くものなの? うるさくてうるさくて、勉強にも集中できない! テストの点が下がったら、リサのせいだから!
どうしてあんなにママを困らせるのかな。
あたしだってママとお話したいことがたくさんあるのに、リサのせいで全然お話できない!」
[4月15日]
「今日、リサが初めてお喋りした。
あたしのこと、大好きだって!
本当は、パパとママ友お喋りしたいみたい。
だからあたしがパパとママに言ったけど、パパもママも信じてくれなかった。
赤ちゃんってお喋りできるのね!」
ナタリー
「赤ちゃんがお喋り……? リサはこのとき、何歳だったのかしら」
[5月27日]
「ママが死んじゃった。どうして死んじゃったのか、パパは教えてくれない。
ずっと苦しそうだったから、それで死んじゃったのかな……。
リサはそんなことも知らないでニコニコしてる。そういえば、いつから泣かなくなったんだろう。
ニコニコしてるリサは可愛い!」
ナタリー
「カレンダーが10年前で止まっているところを見ると、パーシー夫人が亡くなったのもその頃ってことよね。どうしていまになって指輪を探しているのかしら」
[6月19日]
「今日はリサの誕生日。おめでとう、リサ!
あたし、妹ができるってパパとママに教えてもらったとき、とっても嬉しかったんだ。
あなたは泣いてばっかりだったけど、ママが死んじゃってからはニコニコしてて可愛い。あたしたちが寂しくないようにって笑ってくれてるのかな。
でも、パパは時々、寂しそう。
あたしも、ママがいなくなって寂しいな。
リサもそう言ってた」
日記帳を閉じると、ナタリーには奇妙な感覚だけが残った。悲しいような、恐ろしいような、なんとも不気味な気分だ。
「幸せ家族、ってわけではなかったみたいね。うーん……パーシーさんに会ったのはアレックスだけだし、アレックスももっと詳細を聞けばよかったのに……。いつもそうなんだから!」
ここでアレックスに怒っていてもしょうがない。とにかく埃だらけの暗い部屋から一秒でも早く離れたくて、埃がこれ以上に舞わないよう注意しながら部屋を出る。窓から陽の射し込む廊下に出ると、ホッと安堵の息をついた。廃屋の中であることに変わりはないのだが。
「ちょっと情報を整理してみましょう」
ナタリーは西館で集めた情報を頭の中で整列させる。情報を順に並べて整理するのは、探偵にとって重要なことだ。
「屋敷の主人は、フォルテオ・パーシー。現在五十七歳。奥さんはアイリーン・パーシー。……享年いくつなのかしら」
アレックスが詳細な情報なしで調査を始めるのは、残念ながらよくあることだ。それに巻き込まれるナタリーとフランは、もはや諦めの境地である。それがいつものことだ。
「調査の結果、子どもはドロシーとリサ、ね。ドロシーは、子どもじゃないのに、って自分で言うくらいの子ども。リサは赤ん坊だったみたいね。お喋りができるくらいの歳だったら、もう赤ん坊とは言えない気がするけど……ドロシーは小さいリサを赤ん坊だと思っていたのね」
惜しむらくは、リビングにも子ども部屋にも写真がなかったことだ。家族写真の一葉でもあればパーシー家のことがもう少しわかったかもしれない。埃だらけの写真立てがあれば、それはそれで怖かった可能性もあるが。
「夫妻の寝室は二階にあるんだっけ。アレックス、何か掴んだかしら……。うう……早く指輪を見つけて帰りたいわ」
十五時までまだ時間がある。ここで待ちぼうけしていても仕方がない。意を決したナタリーはもう一度、懐中電灯を手に子ども部屋に踏み込んだ。様々な調査をして来たことで鍛えられた根性は、こんなところでへこたれるほど柔ではない。
懐中電灯で室内を見回すと、ふと、クマのぬいぐるみが目に入った。
「ダニー、あなたも置いて行かれちゃったのね。どことなく寂しそうだわ。……ん? このリボン、鍵がついてるわ。もしかして、さっきの木箱……」
【小さな木箱の鍵を開けた】
【「大きなダイヤの指輪」を入手した】
「これは子ども用のおもちゃの指輪ね。この部屋に鍵があったってことは、ドロシーの物かしら。指輪は指輪でも……ってね」
――カエシテ……。
不意に聞こえた囁き声に、ナタリーの肩が大きく跳ねる。一心不乱にかざした懐中電灯の先に、ボロボロの服を纏ったずぶ濡れの少女が映し出される。しゃくり上げながら泣いている少女は、乱れた髪の隙間から恨めしそうに、または悲しそうに落ち窪んだ目でナタリーを見つめている。ナタリーはゾッと背筋が凍り、その場から一歩も動けなくなった。
「カエシテ……デテイッテ……」