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僕を置いて行ってくれ  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)
僕を置いて行ってくれ

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8.アレックスパート【7】

 アレックスとナタリーが屋敷に向かう支度をしていると、不意に電話が鳴った。ナタリーがハッと顔を上げる。アレックスは彼女を制しつつ受話器を取った。

「はい、レヴァラン探偵事務所」

『…………』

 電話の向こうの誰かは押し黙っている。小さな息遣いが聞こえた。

「もしもし? フランか?」

『……ツムギ……』

 それは女の子の声だった。声色は幼く感じられる。

「ツムギ?」

『……フラン……危ない……』

「……! どういうことだ?」

『……ここ……ドロシーのおうち、違う……。おか――』

 突如として声が途切れ、ツーツーツー、と機械音が鳴る。電話が切れてしまったようだ。

「何? フランがどうかしたの?」

 受話器を置いたアレックスに、ナタリーが落ち着かない様子で問いかけた。

「女の子からだ。ツムギ、と言っていた。フランが危ないと……」

「……どういうこと……? フランに何が……。早くあの屋敷に行きましょ!」

「おーっす。アレックス、いるかー?」

 事務所を飛び出そうとしたナタリーが、その声によって足を止める。事務所に入って来たのはバリーとイーディスだった。

「どうしたの?」イーディスが首を傾げる。「血相変えて」

「いま、屋敷から小さい女の子が電話をかけて来たんだ。フランが危ない、と……」

「小さい女の子だって?」と、バリー。「もしかして怪異か?」

「どうだろう……。ここはドロシーのお家じゃない、と言っていた。そのあと、たぶん誰の家か言おうとしたみたいだが、切れた」

「早く屋敷に行きましょ! フランを助けないと!」

 いまにも事務所を飛び出しそうなナタリーを、イーディスが落ち着かせるように肩に手を添えて止めた。

「調査をしていない私たちには、見えない話ね……。参考になるかわからないけど、新しい情報を持って来たわ」

「聞かせてくれ」

 アレックスの言葉に、ナタリーは不満げな表情になる。情報よりも屋敷に行くことが先決だと思っているようだ。

「まず」バリーが口を開く。「パーシー氏の了承のもとで、夫人のことを調べさせてもらった。パーシー夫人はどうやら、身体的な病気ではなかったようだ」

 アレックスは怪訝に眉をひそめ、首を傾げる。

「でも、アイリーンさんは病死……なんだよな?」

「公的な記録ではそうなっているわ」と、イーディス。「……パーシーさんを悪く思わないでほしいんだけど、アイリーンさんは本当に死因が分からなかったの。それをまたあの屋敷のせいで怪死と言われるのを避けたかった。だから、身体的な病気であったと公表した……。金を積んだとかではないから安心して。当時の捜査記録によると、パーシーさんもドロシーさんも疑う必要はなさそうよ。事件性はないわ。まあ、死因は多機能不全ということになっているわ」

「身体的な病気と偽って、自分に疑いがかからないようにしたとか、そういう可能性はないの?」

 怪訝に眉をひそめるナタリーに、バリーは肩をすくめた。

「パーシーさんの潔白は疑いようがない。だいぶ細かい捜査が時間をかけて行われたみたいだぜ。パーシーさんもドロシーさんも、死亡推定時刻のアリバイは完璧だ。尚且つ、アイリーンさんの主治医を買収した形跡もない。毒を盛った可能性はゼロだ。それこそ、怪死と言わざるを得ないな」

「……自殺の線は?」

 声を低くしてアレックスが訊くと、イーディスが小さく首を振る。

「ないわね。アイリーンさんの体には、自傷の形跡が一切なかった。服毒の可能性もないわ。検死で検出されない毒なんて物があったら、完全犯罪があとを絶たなくなるもの」

「……あたし、馬鹿だからよくわからないけど……」

 俯きながらナタリーが言う。その声は微かに震えていた。

「いまさらアイリーンさんの死因を知って、どうなるの?」

「ナタリー……」

「もうあの屋敷を調査する必要性を感じないの。フランがあの屋敷に捕まっているのよ? 調査なんてもうどうでもいい……早くフランを連れ戻さないと」

「……それはそうだが」と、アレックス。「フランが屋敷の怪奇現象に捕らわれている以上、そこから抜け出すために、怪奇現象の調査をする必要がある」

「何も進んでないじゃない!」

 瞳を潤ませて声を荒らげるナタリーの肩に、イーディスが慰めるように優しく触れる。それでもナタリーは冷静さを取り戻せない。

「二日間、あの屋敷を調査したのに、手掛かりなんてひとつもない! あたしたち……怪奇現象に振り回されるばかりで、何も解明できてない! 調査なんて、なんの意味もないわ! 早く……フランを連れ戻さないと……! あの子まで、あの屋敷に……」

「……ナタリー、焦る気持ちはわかるわ」と、イーディス。「だけど……アレックスの言う通りよ」

「…………」

「屋敷の調査をしないと、フランくんは連れ戻せない。実際、パーシーさんとドロシーさんが屋敷を出るとき、手を引いてくれたのは怪奇現象の女の子よ。その子を探し出すためには、情報が必要だわ」

 ナタリーは俯いたまま口を噤む。ナタリーもそれは承知しているはずだが、どうしても焦燥を抑えきれないのだ。

「怪奇現象の女の子から電話があったんだろ? お前らに協力的なようだし、案外すぐ見つかるかもしれないぜ?」

 説得するように言うバリーに、ナタリーは小さく息をつく。その様子を見ていたイーディスが、静かに口を開いた。

「……私たちも協力するわ」

「え?」

「人手は多いに越したことはないでしょ。アレックスから報告書はもらっているし、大体、頭に入っているわ。四人で手分けすれば、案外さっさと済むかもしれないでしょ?」

「ん?」バリーが首を傾げる。「俺も含まれてるのか?」

「当たり前でしょ。いままでの調査結果から推測すると、フランくんを捕らえているのは、それ自体が怪奇現象と化した屋敷……なんじゃないかしら。あなたたちが出会った怪奇現象の女の子たちが、人ひとりを屋敷に捕らえるほどの力を持っているとは思えないわ」

「んで……ツグミ、だったか」と、バリー。「その子を探し出せればいいんだろ? 人形の謎も残っているみたいだし、まだできることはあるだろ」

「……うん……」

 小さく頷いたナタリーに、イーディスは励ますように肩を撫でる。

 じゃあ、とアレックスは顔を上げた。

「さっそく屋敷に行こう。役割分担は、悪いが屋敷で決めさせてもらう。何が起こっているかわからないからな」

「了解」







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