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僕を置いて行ってくれ  作者: 加賀谷イコ
僕を置いて行ってくれ
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1.アレックスパート【1】

 エントランスホールを見回して、アレックスはひとつ息をついた。どこもかしこも埃だらけで、マスクを持って来なかったことを後悔している。換気のために窓を開けてしまうと、埃が舞ってかえって体に悪そうだ。

「さて……始めるか。確か、奥さんの部屋が二階の奥だったな」


 調査を始める前にふたりに声をかけよう。


「あたしが叫んだら、すぐに来てよね」

 ナタリーはまだ怒っているようだ。

「何かあったら言いに行くよ」

 フランは相変わらずマイペースだ。


 見取り図を確認しつつ、極力、埃が舞わないよう注意しながら二階へ上がる。歩いているうちに抜けるのではないかと思うくらいに床がギシギシと軋んだ。数年前にパーシー家が暮らしていた頃からこんなボロ屋なのだとしたら、パーシー家の面々はずぼらなのか豪胆なのか。アレックスには判別し兼ねる光景だった。



◇2階[パーシー夫人の寝室]



 室内に足を踏み入れた瞬間、アレックスは言葉を失った。陽光を受けて輝くシャンデリア。風もないのに揺れるレースカーテン。清潔なベッド。まるで、つい先ほどまで誰かがいたような空間だ。

「……廃屋にしては綺麗すぎないか? 誰かが定期的に掃除に来ているのか……。まあとにかく、気になった物を調べてみよう」



【調査開始】



《 アレックスが気になった箇所に印がつきます。

  Eキーで調べてみましょう 》



*電話*

アレックス

「電話はさすがに繋がってないか」



*本棚*

アレックス

「ファンタジー小説が多いな。これだけの本を読んでいたなんて、読書家だったんだな」



*ベッド*

 綺麗に整えられた清潔なベッド。

 廃屋でなければ飛び込みたいほどだ。



*机の上*

 日記帳が置いてある。


アレックス

「ん? 鍵がかかってるな。日記帳に鍵なんて、よっぽど見られたくないんだな。それにしても、ずっとここに置いてあったにしては綺麗だな」



*チェスト*

アレックス

「ん? 引き出しになんか入ってるな」


【「小さな鍵」を入手した】


アレックス

「日記帳の鍵か? 試してみるか」



《 印の前でTabキーを押してアイテムを使用します 》



アレックス

「……合わないみたいだ。なんの鍵だろう」



*壁*

アレックス

「ん? これ……金庫か?」


【私たちの愛する小さなリサへ】


 ダイヤル式のロックがかかっている(3桁)


アレックス

「3桁か……。どこかにヒントがないかな」



*カレンダー*

アレックス

「10年前のカレンダーだ。1月のままだな」


 ぺら……ぺら……ぺら……


アレックス

「2月と4月と6月と9月と11月のカレンダーがない。破られた形跡があるな。

 2月……4月……6月……9月……11月……。

 東洋だとニシムクサムライ、って言うんだよな。

 ……どういう意味なんだ?」



 カレンダーを閉じたアレックスは、室内をもう一度だけ見回した。不自然なほどに綺麗な部屋は、不気味さすら感じさせる。この空間にいて平然としている自分に、アレックスは感心していた。

「調べられるところは他になさそうだな。いくつか不可解な点がある……。他の部屋も調べてみようかな」

 見取り図によると、二階にはもうひとつ部屋がある。廊下を奥に進んだ先らしい。一階に降りる階段から少し離れてしまうが、一階はナタリーとフランが調べているはずだ。



◇2階[ミスター・パーシーの寝室]



 建て付けの悪いドアをこじ開けたアレックスは、眼前に広がる光景に愕然とした。そこは廃屋という言葉が相応しいほど荒れた室内だった。とは言え、パーシー夫人の寝室が不自然だったと考えれば、この頽廃具合は妥当と言える。

「……なんでこっちはボロボロなんだ? 夫人の部屋だけ時空が違うみたいだ」

 とにかく調査してみないことには始まらない。家具には埃が積もっていて不潔だが、手袋を持って来ないという失態を犯したため手が汚れることは致し方ない。アレックスは自分にそう言い聞かせた。またナタリーに「準備不足も甚だしいわ」と叱られることだろう。



【調査開始】



*ベッド*

 埃が積もっていて不潔だ。触りたくもない。



*電話*

 繋がっていないのが一目でわかる。



*本棚*

アレックス

「経営学なんかの実用的な本が多いな。パーシーさんは会社を経営しているし、勉強熱心だったんだな」



*机の上*

 日記帳が置いてある。


アレックス

「パーシーさんの日記かな。引っ越したときに持って行っても良さそうなもんだが……。まあ、ちょっと失礼して……」




[2月9日]

「今日はドロシーの誕生日。おめでとう。あの子ももう14歳か。ほんの少し前までまだ赤ん坊だと思っていたが、子どもの成長は早いものだ。

 リサは産まれたばかりだが、きっとあっという間に大人になるのだろう。気が早いが、少し寂しいように思う」



[3月5日]

「リサがずっと泣いている。夜泣きも酷いが、起きているあいだはずっと泣いている。妻は憔悴しきっているようだ。

 私が代わってやりたくても、私が抱っこしても寝付かないし、ずっと泣き続けるのだ。

 ドロシーも参っている」



[4月10日]

「相変わらず、リサは泣き続けている。

 医者にも見せたが、特に異常はなかった。

 なぜ泣き続けているのだろうか……」



[5月25日]

「妻が死んだ。突然のことで、頭が真っ白になった。死因は不明だそうだが、そんなことがあるのだろうか。多機能不全ということになったが、納得がいかない。

 それから、リサがぴたりと泣き止んだ。

 あれほど泣き叫んでいたリサが、いまは穏やかに微笑んでいる。なんて可愛らしいのだろう。

 アイリーン、きみにもこの愛くるしい笑顔を見せてやりたかった」



[6月19日]

「今日はリサの誕生日。ドロシーもリサもずっと笑顔だ。私の愛する娘たち。いつまでも、笑顔でいておくれ。

 私たちの愛する小さなリサ。ゆっくり、大きくなってくれ」




 この屋敷は、ミスター・パーシーとアイリーン・パーシー夫妻、娘のドロシーとリサの四人暮らしだったらしい。これだけ大きな屋敷であるため、使用人もいたかもしれない。住み込みで働ける屋敷ではないらしく、使用人として働くには待遇が良いとは言えないが。

「カレンダーが十年前で止まっていたから……いま、ドロシーは二十四歳、リサは十一歳くらいか」

 ミスター・パーシーは再婚しなかったらしい。なぜこの屋敷を取り壊さないのか、アレックスにはそれだけが不可解だった。こんなボロ屋を残していても仕方がないだろうに。取り壊しのための片付けをすれば、アイリーン夫人の指輪も見つかりそうなものだが。

「とにかく調査を続けよう。情報が必要だ」



*チェスト*

 鍵がかかっている。


アレックス

「パーシーさんの寝室のチェストの鍵が奥さんの寝室にあったら不可解だが、一応、試してみよう。

 ……開いた。娘たちに知られたくない秘密があるから複雑化させた……なんてことはないか」


【「地下室の鍵」を入手した】


アレックス

「地下室……? この屋敷、地下室なんてあったか? 見取り図には書いていないようだが……。

あとで入り口を探してみよう」




「もう調べられるところはないかな。他のところに行って……ん?」

 調査を終えて顔を上げたアレックスは、ドア脇の壁にかけられた物に気が付いた。それは小さな鍵だった。

「こんなところに鍵が……。今度こそ奥さんの日記帳の鍵かな」

 なぜそう思ったかは自分でもよくわからないが、そんな気がした。アイリーン夫人の部屋にミスター・パーシーの寝室のチェストの鍵があったのだから、ミスター・パーシーの寝室にアイリーン夫人の日記帳の鍵があってもおかしくない。アレックスはなんとなくそんなことを思った。



◇2階[パーシー夫人の寝室]



*日記帳*

 鍵が開いた。



[2月9日]

「今日はドロシーの誕生日。おめでとう、ドロシー。あなたが生まれてから、毎日あなたが愛おしい。

 あなたのボーイフレンドに会ってみたいわ。

 生まれて来てくれて、ありがとう。愛してるわ」



[3月5日]

「リサ、どうしてずっと泣いているの?

 お腹が空いているの? どこか痛いの?

 あなたは私にどうしてほしいの?

 あなたの笑顔が見たい。お願い、笑って。

 あなたは私たちの愛しい天使。

 少しでも微笑んでくれたら、それでいいのに」



[4月10日]

「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして

 どうして泣き止んでくれないのどうしてなの

 リサ 私の愛しい天使 どうか笑って

 私にどうしてほしいの 教えてどうか泣かないで

 お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い

(以下 判読不能)」



アレックス

「……どうやら、アイリーン夫人はリサの夜泣きに苦しめられていたみたいだな。亡くなったのは、そのストレスが原因のひとつだったりするんだろうか……。

 ……ん? 続きがある……?」



[6月19日]

「リサ、あなたが生まれて1年が経ったわね。私たちのもとに生まれて来てくれて、ありがとう。

 あなたが愛おしいわ。おめでとう、リサ。

 私たちの愛する小さなリサ。

 健やかに大きくなってね」



 アレックスの頭は混乱していた。ミスター・パーシーの日記によれば、アイリーン・パーシー夫人は五月二十五日に亡くなっているはずだ。アイリーン夫人の日記帳に六月十九日が存在するはずはない。

「こんがらがってきたな。もう少し調べよう」

 不自然なほどに清潔な室内を見回して、アレックスは小さく息をつく。そのときふと、壁に埋め込まれた金庫に視線が向いた。

「私たちの愛する小さなリサ……。三桁ってことは、リサの誕生日か?」

 アレックスは慎重にダイヤルを回す。こんな廃屋に残された金庫なら、簡単に壊れてしまうかもしれない。そうなれば、何か有益な情報があるかもしれないという期待は淡く消え去ることだろう。

「……開いた」



【「ガラスの指輪」を入手した】



 それは宝石を模した小さな指輪だった。

「指輪は指輪でも、これは子ども用だな。リサへ、ってことは、プレゼントにしようとしたのか。でも、なんでこんなおもちゃの指輪を金庫に……?」



 ――カエシテ……。



 不意に聞こえた囁き声に、アレックスは弾かれたように辺りを見回す。しゃくりあげながら泣いているのは、ボロボロの服を纏ったずぶ濡れの少女だった。乱れた髪の隙間から見える落ち窪んだ目は、恨めしそうに、または悲しそうにアレックスを見つめている。おおよそこの世のものとは思えない雰囲気に、ゾッと背筋が凍った。

「カエシテ……デテイッテ……」

 憎しみに満ちた不快な声がアレックスの足を止める。ここから逃げなければならない。それはわかっているのに、啜り泣きが鼓膜を揺らすたびに背筋が凍り目を逸らせなくなる。そのとき、少女が小さく笑ったような気がした。






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