プロローグ
住宅街の外れ。賑やかな喧騒に背を向け林の中へ続く路地を進んで行くと、まるでその空間だけ過去に取り残されたような光景が待ち受けていた。
かつてパーシー家が暮らしていた大きな屋敷は、数年前まで人が住んでいたとは思えないほど、不自然なまでに頽廃が進んでいる。なるほど不気味な噂が流れるのも納得である。
「ねえ……ほんとに大丈夫?」
ナタリーが不安げに言った。彼女はこの場所に訪れることに反対していたが、じゃあついて来なくてもいいよ、と言われると余計に心配になるのが彼女の特性である。そうして同行することになったのだが、やはり気掛かりがあるようだ。
「なんだ、ナタリー。怖いのか?」
そう言って、アレックスは不敵に笑う。今回の事の発端はアレックスで、ここに訪れることでナタリーと三回ほど喧嘩した。それなら自分だけで行く、とアレックスは言ったが、ナタリーが極度の心配性であるということはまだ把握しきれていなかった。
「そうじゃなくて……。いままでこの屋敷の調査に行って帰って来なかった人がたくさんいるのよ? ほんとに大丈夫?」
「どうだろうな。まあとにかく、入ってみないことにはわからないだろうな」
「うう……なんでこんな依頼、受けちゃったのよお……。こんなの探偵の仕事じゃないでしょ……」
今回の依頼は失せ物探しだとアレックスは言った。失せ物探しの依頼はしょっちゅう来るが、この廃屋での捜索であることにナタリーは怒ったのだ。曰く付きの屋敷となれば尚更である。
「失せ物探しはともかく」と、ナタリー。「曰く付きの廃屋の調査なんて探偵の仕事じゃないでしょ」
廃屋の調査は“ついで”だとアレックスは言っていたが、具体的にはなんの調査なのかは言われていない。とにかく失せ物探しをすればいい、そのついでに、何か変わった点があれば報告してほしい、とのことだ。
「こんな良い報酬の依頼なんてそうないぞ?」
「それで呪われたりなんかしたら、きっちり責任を取ってもらうからね!」
「大丈夫だって。怖がりだな〜。いままで調査に来たやつらだって、ただ途中で投げ出しただけだろ。なあ、フラン。お前もなんか言ってやれよ」
アレックスに呼ばれ、屋敷を見上げていたフランはふたりを振り返る。ナタリーはすでに不機嫌で、フランがアレックスの味方をすれば、アレックスにお得意の“グーパン”を繰り出すに違いない。
「ん……まあ、ナタリーが怖がるのもわかるよ。何か、嫌な雰囲気ではあるよね」
「アレックスが鈍感すぎるだけよ」
「やれやれだな。ま、とにかく行こうぜ」
屋敷には鍵がかけられている。もし遊び半分で侵入して何事かに見舞われ責任を問われるような事態になるなどということは、パーシー家にとって堪ったものではない。アレックスがミスター・パーシーから鍵を預かっている。調査員を雇うたびにスペアキーを作っているようで、無駄な経費がかかっているのね、とナタリーが憐れんでいた。
屋敷の中は埃まみれで、少し足を踏み込むだけで鼻が痒くなりそうだ。この数年は一度も掃除をされていないと考えても、これほどまでに埃が積もるのは不気味さをより助長させる。
「目的は」と、アレックス。「亡くなった奥さんの指輪だったな。このだだっ広い屋敷の中から探さなくちゃならないのか」
「ご主人も、どこにあるか覚えていなかったものね……。とにかく、虱潰しに探すしかなさそうね」
屋敷は二階建てで、ミスター・パーシーから屋敷内の見取り図を預かっている。間取りは簡素なもので、現在地を見失うことはないだろう。
「とりあえず、初めは別々に捜索するか」
「えー!? 一緒に行動しようよー!」
「別行動のほうが効率が良いだろ。何かあったら大声で呼べよ。屋敷内なら聞こえるだろ」
「もー……。勝手に帰ったりしないでよ?」
「わかった、わかった」
アレックスとナタリーの視線に、フランは微笑んで応える。フランのその曖昧な返答も、アレックスとナタリーには慣れたものである。
「じゃあ、十五時に一旦、ここに集合しよう。それまでは各自、捜索に当たるってことで」
「りょうかーい」
「わかった」
そうして、旧パーシー邸の捜索が始まった。アレックスが責任を取らされるような事態にならなければいいのだが、とフランはそんなことをぼんやりと考えていた。