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「私と相棒」

ポーリング

作者: XI

*****


「難民、か……」


 相棒は感慨深そうにつぶやいた。


「わかってるとは思うけど、いまに始まった事象じゃないよ」と私は言い、それから、「だよね?」と呼びかけた。呼びかけられたほう――愛おしくてしょうがないかわいいかわいい後輩ちゃんは、「どうしますか?」とだけ訊ねてきた。


 ここは本部のオペレーションルーム。その名のとおりオペレーターがそれぞれハイスペックのPCを使って情報収集に精を出していて、後輩ちゃんもその一端を担っている。統括する立場だったりする。とても優秀だということだ。


「どうしますかって、そりゃ、踏み込んでみるしかないでしょ」

「個人的な考えを言ってもいいですか?」

「言ってみな」

「彼らは自分たちで貿易を行い、自立を図ろうとしているわけです。だったら、それで良いのではないですか? 「新淡路国」として認めても良いのでは? それができないというのであれば、政府になにか問題が?」

「それ、あえてしょうもない問題提起をしてるでしょう?」

「その点は認めます」

「どうしてわざわざ首都に近い場所に彼らの居場所を作ったんだと思う?」

「なにかの折には対処しやすいからです」


 それが愚策なんだよ。

 相棒は無感情感ありありでそう言った。


「いろいろなやりとり、あるいは政治的な判断があってこその現時点だとは思うけどな。だけど、フツウに考えた場合、そこまで危険な真似をするかね」

「外向きの問題として、そうせざるをえないのでは?」

「そうだよ、〇〇。でもな、奴さんらが奴さんらの主義主張を本格的に振りかざした時点で、難民っつー存在自体が瞬く間に消滅しちまうんだよ」

「それは彼らもわかっているはずです」

「だからって、どんな理由があったとしても、無防備な難民を攻撃して世論は納得するかね」

「すると思います。難民に対して、日本国民は排他的です」

「まったくもってそのとおりだ。だからこそそいつは悲しいセリフだ」

「でも、たしかにそうではありませんか?」


 なにも答えず、相棒は静かに首だけ横に振った。


「だったら、どうして難民を受け容れたんだ?」

「ですから、対外的にいい顔をしたい。それしかないと考えます」

「ほんと、賢人だな、おまえは」

「賢人は言いすぎかと」

「だから○○、誰も殺したくねーし、誰も死なせたくねーし、誰も失いたくねー。それってそれほど間違いなことなのかね」

「そうだとは思いません。ただ私は――」

「俺のことを肯定するなら黙ってろ。否定するなら肩にでも噛みついてこい。ごちゃごちゃ言うならこっちから噛みつくぜ」


 すると後輩ちゃんは眉をひそめて不機嫌そうな顔をして。だけどすぐに吐息をつき、「先輩はいつだって正しいと思います」と一転、微笑んで。


「嫌だなぁ。お断りしたいなぁ」と私は言い。「おいしいものもなさそうだしなぁ」

「だったら俺一人で行ってくる」舌打ちした相棒。「べつにおまえなんざ必要ねーよ」

「冗談だよ。ついてってあげるってば」

「つーか、ボスの言いつけだろうが」

「どうあれ、だから行こうって言ってるんだよ」



*****


 私の運転で高速道路を走り抜け、「新淡路」に入った。島だ。ただの島ではない。多くのヒトが住めるように作られた人工島だ。難民で構成されている――というか、難民以外のほうがかなり珍しいはずだ。昨今の時勢に急かされ、ニッポンも世界のあちこちから彼らを受け容れなければならない立場に立たされた。やっぱり戦争を間近にし、そんな場所、状況から逃げおおせてきたニンゲンが多いと聞く。私たちはまず「新淡路」において最も大きな警察署を訪ねた。いわゆる「桜田門」みたいなものだ。対応してくれた――わざわざ署長が出て来たのだけれど、初老と思しき彼はニッポンのニンゲンで、どうやら職務をこなすにあたり、それなりに苦労しているらしい。その原因を訊ねると、単純に「難民がときに過激な動きを見せるからなんです」と答えた。難民かぁ。一筋縄ではいかない存在なのかぁ――などとぼんやり考えた。


「私たちはそのへんについて、なんとか事をうまくごまかそうとして、ここを訪れたわけだけれど」

「どういうかたちであれ、彼らがおとなしくしてくれるようなら助かります」

「意気込みがないね」

「えっ」

「議題があいまいだし、やりたいこと自体がぼやけてる」


 相棒が「まったくもってそのとおりだ」と言い、アメスピのメンソールに火をともした。


「ちょっ、あなた、ここは禁煙で――」

「それが嫌なら捻り潰してみろよ。力のない正義はクソの役に立たないぜ」


 署長は苦虫を噛み潰すような嫌な顔をした。



*****


 黒服のわたしたちは目立った。大勢のヒトが交差する街中にあって目を向けられまくった。べつにそれはいいのだけれど、特に男の多くが肩からマシンガンを提げているのが気になった。怖い怖い。早いところ仕事を終わらせて帰りたいというものだ。


 街外れの喫茶店に入った。意外といい豆の匂い。コーヒーくらいはちゃんとしたものを出してもらえるようだ。コーヒーミルなんて久しぶりに見た。面倒事もきちんとこなすらしい。こだわりのほどが窺える店は、もうそれだけで愛おしい。


 私は「どう感じた?」と相棒に訊ねた。


「どうしたもなにもねーよ。剣呑な場所だ。早いところ引き揚げたいねぇ」

「でも、目的は果たさないといけない」

「指導者らしいニンゲンに会わねーとってか?」

「どんなニンゲンなんだろうね」

「どうせうさんくせーオッサンだろ」

「私は大した奴なんじゃないかって思ってるけどね。こういう場合、えてしてそういうもんでしょ」

「どうでもいいさ。会えさえすりゃあな」

「単純馬鹿」

「うるせーよ、単細胞」



*****


 夜の通りを、私たちは練り歩く。上海か香港みたいに看板の多い街だ。それだけでわくわくする。首都機能が設けられた島がすぐお隣にあるにもかかわらず、こんなに開放的な場所があるだなんて。情報収集は相棒が率先して行った。身体がデカく、力強い目をする男だ。奴さんに呼び止められた野郎どもは揃って従順な態度を示した。むろん、それぞれに幾らか握らせた。そのくらいわけないし、そうでないと得られた情報にも信憑性と価値を見い出すことができない。真実味が発生しないのだ。



*****


 やがてその人物らしいところにまでたどり着いた。目当ての人物は暇さえあればお茶を淹れてそれを他者に振る舞っているらしい。言われたとおりの場所、多くの飲食店が入っているアパート、二階にある古めかしい中華料理屋に足を踏み入れた。黒い髪なれどすっかり(ひたい)が後退している老人と出くわした。老人はこちらを見る格好で椅子に座り、にこりと微笑んだ。なるほど、小柄なみすぼらしい老人ではあるものの、カリスマ性のようなものがたしかに感じられる。


「例の組織のヒトですかな?」

「そうだよ、じいさん。俺たちは危なっかしいニンゲンだ。隠し事はすんなよ。頭に来っからよ」

「無礼だよ」私は相棒の頭を引っぱたいた。「座ってもいいかしら?」


 老人が右手を差し出し椅子を勧めてきたので、私たちは彼の向かいに並んで座った。


「あんまり感心できたこっちゃねーよ」相棒は煙草に火をつけた。「どうしてだ? なんで政府に楯突く? もう一度言ってやる。剣呑な状況をあえて招いて、それでどうするっつーんだ?」

「わしにはもう、彼らを止めることはできんのだ」

「早速情けねー話だな、おい」


 私は「おじいさん。私たちにもなにか成果が必要なの」と告げた。


「偉そうな物言いだ。そのへん、わしにはわからんよ」


 べつに私は気を悪くしたりはしない。

 老人が怒った様子もない。


「自分たちで貿易をして暮らしていく。そう言ってるみたいだけど?」

「わかっている。それは現実的なことではない」

「じつはね、私らは最終的な確認をしにきたってだけなの」

「どういうことだ?」

「いつのことかはわからないけれど、いずれ国はここを空爆する」

「なんだ。そんなことか」


 じいさまは笑った。


「ムカつく言い方、態度だね。それでもいいって言うの?」

「やむをえん話だ。彼らもそれくらいは覚悟している」

「だとしたら、馬鹿な話だね」

「どうあれわしらは難民だ」

「だからって、世論の同情が得られると思う? 不可能だね、それは。そもそもニッポンの国民はあなたたちに対して否定的なんだから」

「だから、戦おうというのだ」

「だったら座して死を待つといいよ」


 私は椅子から腰を上げた。

 相棒はいかにも忌ま忌ましげな表情を浮かべ――。


「じいさんよ、どうあれあんたは指導者なんだろ?」

「それがどうした、若造。若造と呼ばれるのは気に食わんか?」

「んなこたどうだっていい。上に立つニンゲンなら、下を守れって話だ」

「それは誰も望まんことだ」

「最後まで戦おうってのか?」

「そのとおりだ。総意とはそういうものだ」


 わかった、もういいよ。

 相棒も椅子から立ち上がった。

 それから私の右肩に左の手を置いた。


「この女が言ったとおりだ。じき、ここはぶっ潰される。あんたら難民どもがテロを企てたとでも言って、国民については丸め込む。難民の扱いってのは、どこの国にとってもやっかいなもんだ。そのへん理解した上で、御上なんて気にしないで済むように生きるべきなんだよ」

「若造、おまえの考え方はたしかに正しい。ただ――」

「ただもクソもひったくれもねーんだよ。あんたは間違ってる。それだけは間違いなく言える」


 私もそのとおりだと思いつつ、店をあとにする。相棒もついてくる。後ろから「ありがとう」と聞こえた。だったらおじいさん、あなたは相棒の言い分を真に受けて、そのとおりに行動すべきなんだよ。



*****


 一泊を終えての帰りの高速道路。ボスから連絡が入ったので、ケータイを相棒に渡した。相棒はいくつか「はい」と答えたのち、通話を終えた。私のジャケットのサイドポケットにケータイを突っ込んでくれた。私に突っ込むのは○○〇だけにしてほしい。


「ボス、なんだって?」

「帰りに官房長官に会ってこいだと」

「官房長官?」

「ボス曰く、自分が報告してもいいんだけれど、たまにはってよ」

「なにそれ」私はぷっと吹き出した。「でも、まあ、そう言う以上は――」

「だろうな。先方にはすっかり話が通ってるってこった」

「行ってみようか」

「行くしかねーだろうが」


 相棒が後頭部をがしがし掻いた。


「なにかご不満?」

「官房長官、あの手のタイプは苦手なんだよ。テレビでしか見たことねーけど」

「若くて賢そうで強そうな女性だから?」

「女性って部分を強調すんなよ」

「会っておいて損はないと思う」

「得もねーだろ」

「ま、そうだね」


 私はくすくすと笑った。


「難民、か。うん、難民だね」

「そうだよ、難民だ。根がふけーよ、この問題は」

「でも、しつこいようだけど、世界の流れから言って、ニッポンだけが拒むわけにはいかなかった」

「それは否定しねーよ。だけどな、政府はただ受け容れたってだけだ。まともな準備なんざできちゃいなかった」

「そうだね。その結果として、その挙句として、彼らを攻撃する方向で話がまとまりつつあるわけだからね」

「みんなみんな、くそったれだ。ニンゲンなんだ。どうして話し合いでケリをつけようとしないかね」

「それ、暴力馬鹿のあんたが言う?」

「俺は基本的に温厚なんだよ」


 嘘つけ。

 そう言ってやると、相棒はわざとらしく肩をすくめてみせた。


「たしかに俺は暴力が大好きだよ。むしろ、暴力の権化だ」


 相棒のその言い分、明らかに真実だ。



*****


 首相官邸の一室。

 ボディガードの姿が見えない。

 官房長官を挟み込んだ格好で控えているのがあたりまえだろうに。


「石丸です」


 紺色のスカートスーツをまとった女性はそう名乗った。四十(しじゅう)のなかばだというがとてもそうは見えない。なにせ肌がきれいだ。以前から若手議員、もっと言うと女性議員のホープと言われただけのことはある。県議員からの叩き上げというバックボーンにも好感が持てるというものだ。


 「石丸です」と二回目を名乗り、それからあまりに丁寧に(こうべ)を垂れたものだから、私は少し恐縮した――なんてのは嘘だけど。相棒だって戸惑いも見せず平然とした様子。「いいッスよ。頭なんかさげなくて」と高圧的に言ったくらい。馬鹿っぽい無礼な発言だと思い、私はその頭をぶっておいた。


 三者で座った。

 私の隣には相棒、私たちの向かいには官房長官――石丸。


「あなたたちの上司から、「新淡路」の件について報告があると伺いました」

「そんな大したものでもありません」私はよそ行きの口調で話す。「ただ、先方の指導者とされるニンゲンに会うことはできました」

「『彼女』ではなく、『彼』だとは知っています」

「その彼なんですけれど」

「なにか問題が?」


 私は口をへの字にして、肩をすくめた。


「事実だけ言うと、穏便に済ませられなくてもいいと考えているようでした」


 石丸は顎に手をやり、「そうですか……」と悩ましそうな顔をした。


「官房長官、いずれは攻撃するんですよね?」

「私はそうはしたくないのですが」石丸は苦笑のような表情を浮かべた。「しかし、先方から仕掛けてくる可能性がある以上――」

「その線はないと考えます」と私は言い。「先手を打たないとしょうもない被害を招きかねない。そんなことはないでしょう」

「楽観視しすぎでは?」

「ですから、その心配はないと思います」


 あなたは強靭ね。

 石丸に微笑まれてしまった。


「ほんとうに、悩ましいところなんです」石丸は華奢な肩を落とした。「我が党内でも意見は分かれています。たしかに危険だという理由で彼らを排除してしまえば、あるいはいろいろと簡単なのかもしれません」

「総理の判断は?」

「現状においては私に一任されています。

「ああ、なるほど。それ、こちらからは見えない部分ですね」

「あなたはほんとうに賢いわね」

「恐れ入ります」


 石丸は今度こそ苦笑した。


「私は言わば神輿です。そして、年を食っているほうが政治家としては偉いとされる。面倒なところです。まどろっこしくもあります」

「とりあえず、即興的な空爆等は控えたほうがいいと思います」

「しかし、脅しは必要です」

「脅し? どういうことですか?」

「空爆まではしません。ただ、直近で艦砲射撃を行う予定です」


 私より先に、相棒が顔をしかめた。


「本気ッスか?」

「難民排斥の動きは、どうしたってある。ガス抜きが必要なんです」


 相棒が今度は舌を打った。相棒の気持ちはわかる。でも、総理の気持ちのほうがもっとわかる。やりたくないのだ、ほんとうは。でも、ガス抜き。さまざまなヒトのガス抜き。それはたしかに必要なのだろう。



*****


 帰りの車中。


 ハンドルを握りながら、私はため息をついた。


「与党の政治家ってたいへんだよね。ほんと、窮屈だよね」

「そんなの言わずもがなだろうが」相棒も息を吐いた。「お役人様は賢い。それは間違いねー。一般人が思いつくことなんて、とうのむかしに考えてる。誰が馬鹿だとは名指ししねーよ。ただ、いいこと言ってると思い込んでやがる連中は嫌いだ、場違いだ、死んでくれたほうがいい」

「同感」

「だろ?」


 私がパーラメントをくわえると、相棒は片手間な感じでジッポライターの火を差し出してくれた。ありがたくちょうだいして、盛大に煙を吸って吐く。相棒もアメスピに火を灯した。


「さて、俺たちはその難民のためになにができるのかね」

「なにもないよ。政府の決定に、たかが兵隊ごときが意見なんてできない」

「ま、そうだわな」


 私はくわえ煙草のまま、煙を細く吐いた。


「私はね、相棒、あんたがいてよかったなって思ってる」

「ほぅ、いきなりだな。それはどうしてだ?」

「なんとなく」

「答えになってねーよ」

「晩ご飯、どうする?」

「ラーメンが食いてー」

「ニンニク、たくさん入れよっか」

「だったら、今日のセックスはなしだな」

「それならニンニクは我慢する」


 相棒はクックと喉を鳴らして笑った。


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