未遂に終わった断罪劇と、それにまつわる四つの手紙
2021.10.08
本文・後書きを加筆・修正しました。
愛するアリーナへ
お元気でしょうか。ハルベスト王国のルドミラ修道院長様からご連絡をいただき、急ぎ筆を執った次第です。
王立学園の卒業パーティーですが、フランク第一王子殿下はノエル男爵令嬢を伴ってご入場されました。
――貴方は聡い子ですから、これを見越してパーティー会場に現れなかったのでしょうね。
そしてその後に起こることも、貴方は予想していたのでしょう。貴方が欠席だったためそれは起こりませんでしたが。私から殿下に『娘は足を捻挫したので欠席です』と伝えると、『そこを連れてくるのが親の勤めでしょう!?』とお説教されました。卒業パーティーは『舞踏』なのに……。
そもそも、貴方は学園の生徒ではないから出席の義務はないし、夜会において未婚の令嬢の『エスコート不在』は、立派な欠席理由になることを、殿下はご存じなかったようですね。もしくは都合よく忘れていたか。
以前からお父様は貴方に『寛大になれ』と常々仰っておりましたが――此度は流石におかんむりでした。
『私たちにお説教とは、殿下も成長なさいましたね』、『愛妾を持つなとは言いませんが、正妻への礼を欠くとはこれ如何に』といったことを、非常に苛烈な言葉で仰っておりましたよ。
貴方から見ればお父様はとても厳しい方だったと思いますが、家族への愛情深いお方でもあるのです。
貴方が今幸せなら、お父様はけして『還俗しろ』とは仰いません。寂しがっていらっしゃるから、どうかお手紙を書いてあげてちょうだいね。
あと、忠義者の侍女数名を連れての隣国への亡命劇。とても鮮やかなお手並みでした。
貴方が連れて行ったサラが、新しい奉公先から手紙を送ってくれました。なんでも貴方は、『あれが次期王と王妃と側近!? 国が滅びる!』と言って、彼女たちを国外へ連れ出したそうですね?
サラにも他の侍女たちにも伝えましたが、身の程を知らない愚かな娘と、それにころっと引っかかるような殿方たちには、揃って王都からご退場いただきました。
なので貴方も安心して、いつでもこちらへ遊びにいらっしゃいね。
――……と、ここまでなら貴方のことです。『亡命までする必要なかったじゃない!』と頭を抱えているのではありませんか? けしてそんなことはありませんよ。
実は、貴方たちが公爵邸を出た十五分後に、殿下とノエル男爵令嬢、宰相閣下のご子息らが、公爵邸へと乗り込んで参りましたの。
殿下たちはどうしても、パーティー会場へ貴方を連れ出したかったようです。屋敷に貴方がいないと知って、殿下とフールズ公爵閣下は私兵まで使い、王都に包囲網を敷こうとしたのですよ。
まあ、すぐに騎士団に通報し捕縛していただいたので、大事には至りませんでしたが……。
――と、いうわけで。
あの夜の貴方の判断は、半分は花丸大正解でした。
でももう半分は……行方を捜すのに三ヶ月もかかるような場所まで逃亡し、両親を不安にしたということで、大いにバツ印をつけさせていただきますね。
お父様がハルベストの銀行に、貴方の口座を作って下さいました。王家とノエル男爵家から支払われた慰謝料を入金しておきます。
ではまた。
母より
***
勤勉なシスター・アリーナ
いかがお過ごしでしょうか? 『手紙の返事が来た』とヴェルテ公爵夫人から伺い、こうして筆を執った次第でございます。
貴方に誠意を尽くすどころか見世物にしようとした挙句、長年の貴方の努力とそれに費やした時間を踏みにじった息子の愚行を、母として心よりお詫び申し上げます。
本来ならば、愚息と共に貴方の暮らす修道院を訪ね、誠心誠意謝罪するのが筋というものですが、何やらろくでもない理由で、愚息が貴方の行方を探しているようなのです。
ヴェルテ公爵夫人から、修道院の暮らしを楽しんでいると伺いました。
満足に謝罪も出来ない私ですが、ならばせめて、貴方の今と未来の幸福を守るために力を尽くしていく所存です。
その手始めとして、ヴェルテ公爵がハルベスト銀行に作った口座にお金を入金いたしました。修道院のため、共に暮らすシスターや子どもたちのため、教区のため、どうかお役に立ててください。
どんなに些細なことでもいいのです。これからもし困るようなことがあれば、遠慮なく知らせてください。
それを解決することが、息子一人ろくに育てられなかった私の贖罪になるのですから。
最後に――
娘のように愛しています。貴方に妃教育を施していた二年間は、私にとって一生の宝です。
オデット・M・L・ダージング
***
親愛なるアリーナ・ヴェルテ公爵令嬢殿
貴方が行方をくらましてから、もう半年近くの月日が流れました。貴方を失った貴方のフランクは、今人生で最も空虚な日々を過ごしています。
私はここに告白いたします。貴方のエスコートを断った卒業パーティーで、私は貴方を陥れるつもりでいました。
今では憎きミア・ノエル男爵令嬢を、あの時の私は愚かにも天使だと思っていたのです。しかし今は分かります。ミアは悪魔でした。
悪魔の甘言に、私は、私たちは、騙されていた。もしくは、呪われていたのです。でなければあんなでたらめな証言を、私やエドガーたちが信じるわけがないのです。
よって、私は悪くありません。悪いのはすべてミアです。
ミアが貴方を『権力で貴方を縛る悪魔』と、私に言ったのです。他にも、『公爵家の権威を笠に着ている』だとか、『王妃に取り入るしか能のない女』だとか、それはもうひどい内容でした。
貴方にそんなことを言った悪魔は、男爵家もろとも断罪し、貴方の故郷である王都から姿を消しました。だから安心して戻って来て下さい。
そして私やエドガーたちの無実を、王と王妃に証言してください。『彼らは悪魔に騙されてただけ』だと。
そして、貴方のご両親であるヴェルテ公爵夫妻にも。『私の未来の夫から、王位継承権を奪わないで』と頼んでください。貴方の両親には、それだけの力があるのです。
私がミアに騙されて破棄した婚約は、家同士での話でした。
しかし今改めて、貴方へ求婚いたします。今度こそ私は、真実の愛を貴方に捧げます。
なので、ダージングへ戻って来て下さい。王家が貴方に支払った慰謝料で王都に屋敷を買い、仲良く幸せに暮らしましょう。
――花束の代わりに、私の涙を添えて
ダージング王国第一王子フランク
***
王都を永久追放されたフランクさんへ
称号を剝奪された貴方が王子を名乗るなど、ダージング王家に対し不敬ですよ。
あと貴方は、自分の涙にどれほどの価値があると思っているのですか?
愛してもいない人間の体液なんて、気持ち悪くて触りたくありません。よって、手紙は既に燃やしました。
あと、浮気の罪を全て、浮気相手に負わせるような方が語る“愛”にどれほどの価値があると?
私にしてみれば、貴方の愛や涙より馬糞の方がよっぽど有用です。馬糞は肥しとなり、麦や野菜を健やかに育みますからね。
でもそれほどの役にも立たないフランクさんが、私に何かをして下さるとは到底思えませんので、擁護も証言も、家を買うこともお断りいたします。
というか慰謝料は、貴方の不誠実を私に詫びるために支払われたものですよ?
どうしてそのお金を、自分のために使ってもらえると思ったのか……その理由はお察ししますが、その程度の頭で、よくもまあ私に冤罪をかぶせようなどと思えたものです。
貴方から王位継承権を取り上げた国王陛下は、賢王として代々語り継がれることでしょう。これでしばらくはダージング王国も安泰でしょうから。
王都を永久追放された貴方には無理でしょうけど、私は安心して王都へ遊びに行けそうです。
あと貴方同様、王都を出禁になったご学友たち――宰相閣下に職を辞させたエドガーさん、騎士団長に勘当されたグレッグさん、外務大臣だったお父様に植民地送りにされたルカさん。
あと貴方に『人並み程度の知識も授けることが出来なかった』とずーっとヒソヒソされていらっしゃった、お目付け役兼家庭教師のダニエル・フールズ元公爵閣下。そして悪魔だか天使だかは知りませんが、元男爵令嬢のミアさん。
皆様からそれぞれ、お手紙をいただきました。皆々様示し合わせたかのように、“此度の凋落はフランク殿下が原因”と仰っておりましたよ。
既に貴方と他人である私には対処いたしかねますので、自分でどうにかなさってくださいね。スムーズな問題解決のために、これらのお手紙は同封いたします。
私にとっては無価値でも、ご学友からしてみればフランクさんの“愛”は、それはもう価値あるものなのでしょう。友愛の力で是非、問題を解決して差し上げて下さいませ。
あとお伝えする気はさらさらありませんでしたが、この度私は還俗し、ハルベスト王国の王太子殿下と婚約いたしました。
妃教育の一環として、妃陛下とこちらへ赴いた際に何度かお会いしたのですが……驚くことに、王太子殿下は私を覚えて下さっていたそうです。
王太子殿下は見目麗しく、男ぶりもいいのに、どこか可愛らしい方で……わざわざ修道院までやってきて、『貴方には婚約者がいたから、私はずっと恋心を封じ込めた』と打ち明けてくださいましたの。どこかの誰かさんとは大違いですね。
その誠意と信念、そして会話を重ねるほどに垣間見る、王太子殿下の知性や心遣いに、私は真実の愛を見出しました。恋をするってこういうことでしたのね。道理で貴方にときめかないはずです。
春には結婚式と同時に戴冠式を行い、私はハルベスト王妃となります。ハルベストでは王妃への手紙は全て検閲されますから、下手な手紙は寄越さない方が身のためですよ。不敬罪になりかねませんから。
あとハルベスト王国では、不敬罪は情状酌量の余地なく縛り首です。くれぐれもお忘れなきように。
それでは永遠にさようなら。貴方がこれ以上他人に迷惑をかけないよう、心からお祈りしております。
【登場人物】
アリーナ・ヴェルテ、もしくはシスター・アリーナ
;卒業パーティーでの婚約破棄&断罪イベントを神回避した公爵令嬢。賢い。
;『学園のカリキュラムは妃教育で賄えているから』と王立学園には進学せず、フランク在学中は外交や人脈作りを肌で学ぶため、王妃の補佐官として国内外を飛び回っていた。
フランク
;アホの第一王子。『賢い王妃と優秀な臣下に恵まれれば、王は多少アッパラピーでも大丈夫!』という謎理論で立太子最有力候補だったが、アッパラピーなため賢い嫁(仮)を切り捨てて人生が狂った。
;なお、ミアに『アリーナ様にいじめられているんです!』と訴えられた時、(アリーナめ! わざわざ学校に足を運んでまでミアを苦しめるとは!)という謎理論を展開。普通に信じた。
ミア・ノエル
;乙女ゲーム【シュガスパ☆レッスン5】のヒロインに転生し、貧乏貴族生活から抜け出したいがために逆ハーエンドを目指していた。
;フランクルートのライバルであるアリーナが入学していないことに全く気付かず、『アリーナからも学園内で嫌がらせされている』と告発。そのまま最終イベントまで駆け抜け大爆死した。
宰相の息子エドガー、騎士団長の息子グレッグ、外務大臣の息子ルカ、フランクの家庭教師兼お目付け役のダニエル
;攻略対象の皆さん。フランクと違って優秀な人物たちだったが、ミアのハニートラップにまんまと引っかかった結果すべてを失った。
賢い人の手紙の書き方が分からん……!
2021.10.05
おかげさまで、日間ランキング9位に入りました。
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