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第21話

 月日は流れ、シリルは11歳になった。


 彼は初めて皇太子の公務に同行することを許された。アーチボルドの護衛騎士ヘンリー・オブ・クルスの従騎士となったからである。

「殿下はご存知かと存じますが、私の従騎士シリルでございます。明日より、ご公務にお供致します」


 そうヘンリーが紹介すると、アーチボルドはこちらにちらりと視線を寄越した。

「シリルはまだ11歳だろう。公務への同行は、いや、そもそも従騎士の叙任が早過ぎる」


 明らかに面倒そうに、顔をしかめて言った。ヘンリーが一歩前に出る。

「恐れながら殿下。シリルの戦闘技術は既に他の従騎士よりは勿論のこと、新人の騎士より優れております。これは騎士団長の判断でございます」


 拒否は出来なさそうだと察した聡明なる皇太子はため息を一つ吐いて同行を許した。シリルは黙礼でそれに応えた。


 アーチボルドの前を辞した後、ヘンリーはいつもの厳めしい顔を崩してシリルに言った。

「殿下は随分お前を可愛がっていらっしゃるのだな」

「可愛がって、と言うのはわかりかねますが……。殿下は仕事に厳しいお方です。僕のような未熟者が同行することがお気に障ったのでしょう」


 怪訝な顔をして言うシリルに、ヘンリーは一瞬驚いた顔をした後、声をあげて笑った。

「そうかそうか。大人びていると思っておったがまだお前は11だったな」

「どういう意味ですか……」


 シリルが困った様に漏らしても、ヘンリーはいずれわかる、としか言わず、笑うのも止めなかった。


 翌日。シリルの従騎士としての初仕事が始まった。アーチボルドが通る道、行く施設の事前視察等の仕事は他の騎士たちが既に行っていたが、当日の警護に携わることとなった。


 シリルは、アーチボルドの馬車に同乗して警護を行え、と指示を受けた。しかし、皇太子のすぐ側での警護は従騎士の本分から外れている。疑問を呈したシリルにヘンリーは厳しい顔で答えた。

「我々はあくまで皇族全般の警護騎士だがお前は違う。お前はいずれ皇太子殿下の専属騎士になるのだろう? 」


 はい、と返事をしたシリルにヘンリーは厳しく命じた。

「ならばお前は、誰よりもお側で殿下を見ておらねばならない。そうだろう? 」


 わかった様な、わからない様な、微妙な顔でシリルは再び、はい、と答えたのだった。


 予定されていた通り、一行は皇都の隣町であるロージアンを訪れた。弱冠14歳とは思えない程、アーチボルドは皇太子としてふさわしい受け答えや振る舞いをした。威厳を持ち、だが鷹揚な態度。会談をした町長はその言動に目を見張っていたし、孤児院の職員は、流石は皇太子殿下だ、と囁きあっていた。


 ある職員がアーチボルドと話している時のことだった。微笑ましそうに、何気なくその職員は言った。

「それにしてもそこのお若い騎士様、ああ、まだ見習いでいらっしゃるのですね、彼と皇太子殿下が並んでいらっしゃるとまるでご兄弟のようですね」


 途端に顔色を変え、不快を露にして隠す様子もないアーチボルドに職員は青ざめた。

「な、何かお気に障りましたでしょうか? 」

「……アレは私の騎士だ。それ以上でも以下でもない」


 それだけ言って、アーチボルドは立ち去った。シリルは残された職員たちに向かって困った様に微笑を浮かべた。

「皇太子殿下は大変高貴な方でいらっしゃいますから。僕は幾つもある伯爵家の、それも次男に過ぎません」


 全ての予定を終えた帰り道、アーチボルドとシリルは待たせてある馬車まで歩いていた。そこへ、花売りの少女が話しかけてきた。


年の頃は5,6歳ほど。痩せ細り、服も継ぎはぎだらけである。

「お兄ちゃんたち、お花を買ってくれませんか?1本たったの50リルだから……」


 1本と言わず、少女が抱える数十の花を全て買ったとしても、彼らの懐は全く痛まない。シリルが買おうとした時だった。

「必要ない。去れ」


 アーチボルドの言葉にシリルは目を見開いた。少女はその言葉に従い、ぺこりと頭を下げ、走り去った。

「殿下、なぜですか……? 」

(わたくし)の財は全て民から税として集めたものだからだ」


 毅然と言い放つアーチボルドに気圧されながらも、尚もシリルは言い募る。

「だからこそ弱き民を救うために使われるべきではありませんか? 」

「お前は馬鹿か?あの子ども1人に少額の金を渡して、それで何になる? 」


 シリルがハッとした顔をする。

「金を渡すだけでは誰も救えない。だから、私はこの財を社会制度の根本を変えるために使う」


 シリルはアーチボルドの言葉を聞きながら、恥じる様に俯いた。

「ぼ、私の浅慮でした。申し訳ございませんでした」

「無理して私などと言わずとも良い。お前にはその必要すらない」


 シリルは一層深く俯いた。アーチボルトは尚も冷たく言った。

「辛気臭い顔をするな。気が滅入る」

「申し訳、ありません……」


 アーチボルトは嘆息した。

「そもそもこの程度基礎の基礎だろう。そのくらいも知らぬのか……? 仮にも私の側付きを名乗るならばこの程度完璧に理解していて当然だろう」

「不勉強で申し訳ありません」


「全くだ。後で一覧を渡す。そこにある全ての本の内容を頭に入れておけ。1ヶ月以内だ」

 そう言い放った後、アーチボルドはこの日シリルと一言も話さなかった。




 数日後、皇城の書庫でシリルは声をかけられた。

「見ない顔ですわね。貴方、お名前は? 」


 明らかに皇族級の格の相手だ。艶やかな黒髪の持ち主。シリルは彼女の正体に心当たりがあった。

「ヘンリー・オブ・クルスの従騎士、シリル・オブ・アルスターと申します、皇女殿下」


 皇帝には5人の子がいる。アーチボルト以外は皆側室の子である。


 第2妃の娘、第一皇女アリシアはプルプレア王国の王太子の元に随分前に嫁ぎ、現在は王太子妃となっている。同腹の第三皇女ブリアンナは15歳年上の公爵子息に嫁いだばかりである。


 第二皇女エリザベスは、これまた側室の1人が産んだ娘である。彼女は、懐柔政策の一環として、紛争地域であるゲール辺境伯の元に正妻として嫁いだ。


 ちなみにエリザベスの母親はカナリッチ侯爵家、つまりアルスター伯爵家の本家の令嬢である。つまり、エリザベスはシリルにとって母方の従姉妹にあたる。


 そして、今シリルの目の前にいるのが、第四皇女のサマンサである。皇帝の娘の中では、彼女だけがアーチボルトより年下である。また、母親の身分は最も低く、伯爵令嬢である。


「アルスター? ではお兄様の側仕えの方ですのね。お仕事中、お引き留めして申し訳ありません」

「いえ、今日は非番です。教養として帝王学を身に付けておけ、と命じられたので本を探しに」


 アーチボルドは対外的にはシリルを遠ざけていることを隠しているため、シリルはそこに配慮したのである。政治的なバランスだとか、色々事情があるのだろうと思っている。


 サマンサの手には数冊の本が握られていた。一番上が少し前に流行った恋愛小説であることを見る限り、他も恋愛小説なのだろう。第三皇女ブリアンナが恋愛小説に夢中になっていた時期に購入されたものかもしれない。

「皇女殿下も恋愛小説がお好きなのですね」


 何気なくシリルが言うと、サマンサは動揺した様子を見せた。

「あ、えっと、そう、ですね……」

「誰にも申し上げませんよ。舞踏、音楽、刺繍……身に付けねばならないことは沢山あるのですから、息抜きも良いではありませんか」


 シリルが────ここ数年で上手になった────微笑みを浮かべると、サマンサは安心した様に頷いた。会話が一段落したところで本を探し始めたシリルは、目的の本が見つからないことで首をかしげた。


 書庫によく来ているらしいサマンサならば何か知っているかもしれないと考えたシリルは、サマンサに場所を尋ねることにした。

「すみません、皇女殿下。ここに書いた題名の本を探しているのですが……」

「何という本ですか? 」


 覗き込んだサマンサは心当たりがあると答えて、書庫の奥に行こうとした。

「殿下のお手を煩わせてはなりません。場所を教えて頂ければ自分で行きます」


 シリルはそう声をかけたが、サマンサは首を振った。

「いえ、大丈夫ですから」


 そう言い残して奥に消えていったサマンサは、目的の本を持ってすぐに戻ってきた。迷わず棚に歩いて行って戻ってきたのだろう。

「これであっていますか? シリル」

「はい、ありがとうございます」


 礼を言って立ち去ったシリルはその後サマンサがため息を吐いたことに気がつかなかった。


 4年後、シリルは晴れて騎士の叙任を受ける。これもまた、史上最年少の快挙だった。そしてさらに7年後、シリル22歳の冬。遂に“その日”が訪れた。シリルが自らの神様を喪った、悪夢の日が。


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