第1話
この作品をご覧くださった皆様へ
数ある珠玉の作品から拙作をご覧くださりありがとうございます。
書いた小説をインターネットに投稿するのはこれが初めてなので、至らない点も数多くあると思います。温かく見守っていただけると幸いです。誤字・脱字・不明点等ございましたらお知らせください。感想をいただけるととても喜びます笑
最後に注意書きです。
・本作は完全なるフィクションです。登場する人物・団体・国・地域は架空であり、実在するものとは関係ございません。実在のものと名称が被っている部分もあるかとは思いますが、関係は一切ございません。
・本作の転載・複製・改変等は禁止致します。
・お尋ね等ございましたらメッセージにて承ります。ご遠慮なくお申し付けください。
雲一つない青空。肌が引き締まるような、まだ少し冷たい風が優しく吹き。美しい橙色に染まった灰色の小さな鳥が、さえずりながら目の前を横切って行く。春らしい長閑な光景。そんな中、2人の青年が初めての邂逅を果たしていた。
「シリル・オブ・アルスターと申します。シリルとお呼びください」
ルーカスの目の前に立つ男は、そう言って慇懃に頭を下げた。肩より少し長く紐で雑に束ねられていた光り輝く金色の髪、そしてその瞳は湖よりもずっとずっと蒼かった。立ち振る舞いも典型的な貴族である彼、シリルは23歳の筈だがティーンと言われたら多くの人が信じる程度には童顔であった。
「どーも、初めまして。礼儀作法とかさっぱりなもので。色々失礼があるだろうけど見逃してくれると助かります」
砕けた調子で応じたルーカスに、シリルはホッとした様子を見せる『特段気を遣う必要はない』『気楽に接してほしい』と告げた。自分の作り笑顔はどうやらいつも通りうまくいっているようだ。
友好的な態度の反面、彼は大層憂鬱だった。彼は、貴族という生き物がそもそも好きではない。嫌いと言った方が良いほどだ。元来偉そうな人間が嫌いな性格であるし、昔から色々と迷惑を被ってきた結果、大半の貴族はクズだというのがルーカスの認識であった。彼に言わせれば、高貴な青い血がどうのとか言っても、実際青い血液が流れている人なんて見たことがない、ということらしい。
つまり、この状況は彼にとって本意ではない訳である。では一体何故このようなことになっているのか。その発端は2週間ほど前の、ある夜にあった。
その夜は雨が降っていた。飲み込まれそうな闇の中、ルーカスは家路を急いでいた。彼の手には卵が5つ入った小さな籠がある。粒が大きくなった雨が彼の背に叩きつけられる。籠を庇うように身を屈め、彼は足を早めた。
彼がブナ林の方を振り返ったのに特段理由はなかった。ただ、ふと目線を向け、そらしかけてまた振り返った。闇に紛れかけていたが、そこに確かに人影があったからだ。彼が住んでいる、ここダキヘラ村は小さな村である。村人の顔くらい全員知っている。顔ははっきり判別できないが、どこか挙動がおかしいその男が村人でないことは明らかだった。
ルーカスは立ち止まり、懐を探った。仕込んでいる小型ナイフを手でおさえた彼は、その影を暫く見つめ、徐に声をかけた。
「こんなとこに何の用? それもこんな時間に」
ルーカスの喉から発された声は、雨の喧騒の中で存外冷ややかに響いた。影はぬるりとこちらを見た。
「とある診療所を探している」
くぐもった声から判断するに、人影の性別は男であるようだった。端的に告げられた目的地にルーカスは眉を顰めた。
「何故?」
「答える必要があるのか?」
男はボソボソと言った。問いかけの形式をとりながらも、見知らぬその男にこれ以上の対話の意思はなさそうだ。それを察したルーカスは、ふうん、と呟き、踵を返した。
「待て」
ルーカスはくるりと振り返った。初めてはっきりと出された声は野太かった。
「何?」
「お前、場所を知っているか」
確信めいた問い。ルーカスは肩をすくめ歩きだした。おい、と声を荒げる男に、彼は振り返らずに、ついてきなよ、とだけ言い置き、迷いなく歩みを進めていく。暫し呆としていた男は、我に返ると早足で後を追った。
躊躇なく5分ほど歩き続けたルーカスは、ある一軒家の扉の前に立つと足を止めた。3回戸を叩くと、返事はないまま、扉がそろりと内から開かれた。暗闇に光が一筋差す。扉の向こうに立っているのは1人の女────名はソフィアという────だった。
「ルーカス? どうしたんだい? わざわざノックなんかして」
訝しげに尋ねるソフィアに、ルーカスは肩をすくめて後ろを指し示してみせる。眉を寄せた女は、2人を中に招き入れた。
簡素な造りの暖炉で薪がパチパチと爆ぜている。ランプが1つ置かれたテーブルに、3人は向かい合って座っていた。男は明るい場所で見るとかなり身なりの良い格好をしていた。
「それで? アタシに客だなんて珍しいじゃないか」
ソフィアは足を組み、机の上のホットミルクを一気に飲み干した。
男はそれを見て眉間に皺を寄せ、口を開いた。
「ダキヘラ村のソフィアだな?」
首肯したソフィアは、軽く首をかしげ、先を促した。
彼女は、この住宅兼診療所の主である。医術士であった父親の死後に、父親が建てた村唯一の診療所を継いだ。小さな診療所である。規模に見合った通り、まれに隣村から人が来ることもあるが、患者の大半はこの村の住民だ。決して腕が悪い訳ではないが、際立って優秀ということもない、ごくごく一般的な医術士である。
男は胸を張り、顎を突き出して言葉を続けた。
「光栄に思うがよい。第27代アルスター伯爵ブライアン・オブ・アルスター様の御次男シリル様の御療養をお前にお任せになるとの御命令だ」
誇らしげにそして高らかにそう言った男は、2人の反応の薄さに徐々に不満の色を浮かべた。
「聞こえなかったか?この地の領主たる伯爵様からの御命令を賜ったのだぞ!」
ソフィアは鼻で嗤った。男が気色ばむ。ルーカスは機嫌を損ねた様子の男を尻目に楽しげな笑みさえ浮かべている。
「初対面の人には自己紹介をしなさいってママから習わなかったのかい?」
「な、無礼な!」
男は音を立てて机を叩いた。ソフィアは怯む様子もない。
「この女……っ」
男は喉から絞り出すように呻いた。
そんな中、場違いなほど楽しげにルーカスはくすくすと笑い声を漏らした。男がぎろりと睨む。
「ごめんごめん」
ルーカスは軽く謝罪した。
「あんまりにも典型的な小物感がすごいからつい、ね?」
度重なる挑発的な振る舞いに、ついに男はあんぐりと口を開け、固まった。許容量を超え、怒ることすら忘れてしまったらしい。ルーカスはソフィアをちらりと見上げた。
「で、どうするの?」
話を振られたソフィアは、ううん、と唸ると天井を仰いだ。
「俺としては是非ともお断りしてほしいとこだけどなぁ」
「伯爵様の御命令を断ることなど許されないに決まっているだろう!」
続けたルーカスに、茫然自失から回復したらしい男が食って掛かる。ルーカスは、これだからやなんだよ、と小さく呟いた。
「面倒だねぇ……」
ソフィアは気だるげにため息を1つ吐くと、頬杖をついて顎をのせた。
「判ったよ、引き受ける」
漸く返ってきた色好い返事に、男の眉間に深く刻まれた皺は少しだけ浅くなった。不満そうに頬を膨らませたルーカスの額をソフィアが弾いた。いたい、と彼は額をおさえた。
「けど良いのかい? 自分で言うのもアレだけどさ、こんなとこに大事な御子息様預けるなんて」
ソフィアがそう尋ねると、男は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「構わない。寧ろあの“忘れ子”にはお似合いなくらいだろう」
そうかい、と大して興味も無さそうに頷いたソフィアは、簡単な説明──―─というよりは通達──―─を適当に聞き流すと、丁寧に男にお帰り願ったのだった。
そんな訳で、ルーカスはシリルの療養を了承した覚えは全く無いのである。家主はソフィアだから居候の彼は結局従うしかないのだが、この日を迎えるに当たって相当文句を垂れ流した。オキゾクサマを世話するのは面倒だけど命令を断るのはもっと面倒なんだよ、とあっさり一蹴されたが。
尤もそんな消極的な理由で了承するくらいだから、ソフィアの方もそう乗り気という訳ではない。とは言え結果が出なければ処罰される未来も目に見えている。平和に暮らしていきたい彼らにとっては大変厄介な状況であった。
残される有効手立ては治療を終えて速やかにお帰り願うことである。早々に悟ったソフィアはシリルと話をしようとした。それに対するシリルの対応は、愛想こそ悪くなかったが、冷淡なものだった。
「療養が必要だと判断された理由を述べるのであれば、僕が自殺未遂を起こしたからです。衝動的なものではありません。僕は本気で死ぬつもりですし、治療が必要だとも考えていません」
その言葉にソフィアは顔色を変えた。人の命を預かる彼女の医術士としての誇りにかけて、その台詞は到底聞き流せるものではなかった。
「命ってのはそう簡単に捨てるもんじゃないよ。アンタには判んないかもしれないけどね」
冷めた口調で言い捨てたソフィアにシリルは動じた様子を欠片も見せなかった。
「貴女にとってはそうかもしれません。でも僕にとっては違います」
表情1つ変えずに、シリルは淡々と言い放った。それが当然のことだとでも言いたげに。話が進まないと判断したソフィアは一旦引き下がることにした。
「判った。話を進めるよ。理由は何だい? 」
シリルはそれまでの威勢が嘘のように俯いた。
「……それは、言えません」
それ以降シリルは固く口を閉ざし、どんなにソフィアが尋ねても何も答えなかった。結局、雰囲気が険悪になりかかったところでルーカスが話題を変え、何とか重苦しい空気を払拭したのだった。
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以前この話の前に置いていた人物紹介等は (https://ncode.syosetu.com/n2799hg/)に移動しましたので、もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら是非に。