第17話
一通り話し終えたルーカスは、ふう、と息を吐いた。それを聞いてソフィアとシリルはルーカスの話が終わったことを悟った。いつもの笑顔の裏にこれほど壮絶な過去が隠されていようとは想像もしなかった2人は暫くのあいだ完全に沈黙した。ルーカスは苦笑を浮かべた。
「そんなに困った顔しないでよ、俺も困っちゃう」
そう言われたところで当事者以外としては軽く流すことは難しい。
「……ルーカスさんにとっての妹さんは、僕にとっての皇太子殿下の存在に近いのかもしれません」
シリルは重い沈黙を破り、そう言った。そうだね、とルーカスも同調した。シリルは何と話を続けたものか判断がつかないのだろうか、口元をもぞもぞと動かしたがそれ以上何も言わなかった。
「それで? 俺はお前のお眼鏡に適ったの? 」
冗談めかしてルーカスが尋ねた。お眼鏡って、とシリルは小さく笑った。
「貴方の信念は理解できましたし、共感も出来ます。……でも、判らないことも、あります」
シリルは浮かない顔をしていた。なあに、とルーカスは明るく言った。その声はあまりにいつも通りで、話を聞いたシリルには上滑って感じられた。
「何故、貴方はそこまで強くあれるのですか」
シリルの問いには焦がれるような響きがあった。強くありたい、という願いが透けて見えるようだった。
「……俺は、強くなんてないよ。だけど、もしそう見えるなら、俺がそうあろうとしてるから、かな」
「強く、あろうとしている……? 」
ルーカスは小さく笑った。
「判ったと思うけど、俺の手は血みどろなんだ。その人が悪い人なのかも判らないまま命令されて殺した人だって覚えてないくらいいる。元仲間だって、手にかけた」
ルーカスの顔からは笑顔が消えていた。
「けどね、俺にはそれを後悔してない。ううん、悔やむ権利もないんだ」
それに反応したのは意外にもソフィアだった。
「後悔、できないってどういうことだい? 」
ソフィアの額には皺が寄っている。命を重んじる彼女としては、耐え難い発言に思えたのかもしれない。
「後悔ってのは、ああすれば良かったってことでしょ? こんなことになるなんて思ってなかった、とか」
そうですね、とシリルが頷く。ソフィアも黙って首肯した。
「俺は自分の行動が何を引き起こすかを知ってて、その上で行動したから。判ってて決めたっていうのは悔やむ権利を捨てたのと同じことだよ」
シリルの喉がひゅっと鳴った。
「俺は後悔しちゃいけない。この道を選んだから今があるんだって胸を張って生きなきゃいけない。それが……それが俺なりの、俺が踏み台にしてきた人たちへの弔いだから」
シリルは目を瞑って下を向いた。ソフィアは小さくため息を吐いた。何が気に食わなかったのか、と言いたげにぎこちなくルーカスがソフィアの方を向いた。そして、固まった。ソフィアは涙ぐんでいた。
「ど、どしたの、ソフィア」
「アンタのこと誤解してたみたいだね。軽薄で何考えてんのかも判んない変な奴だと思ってたけど……」
そんな風に思ってたんだ、とルーカスは呟いた。
「だけど、アンタにはちゃんと自分なりの哲学があって、逃げずに自分に向き合ってる。素直に感心したよ。アンタはすごい」
ルーカスは照れたように頭を掻いた。
「えっと、じゃあ次はソフィアかシリルだけど……」
ルーカスがそう言うと、ソフィアがさっと手を挙げた。
「アタシが先に話すよ。こんな重めの話聞いたらアタシの話なんて大したことないのに恥ずかしい」
ルーカスは声をあげて笑った。
「じゃあソフィア、どーぞ! 」
ルーカスが軽やかに揶揄いを交えて言うと、ソフィアは、真面目な顔をして首を振った。
「もう夜も遅いんだからまた明日にするよ」
えー、とルーカスは口を尖らせたが、ソフィアは頑として譲らず、さっさと部屋に入ってしまった。結局過去の暴露大会(? )の第一夜は終わりを迎えたのだった。
同じ頃。闇が全てが塗りつぶされた場所。
月の光さえも届かないどろりとした漆黒の中、扉の前に鮮やかな金の髪を持つ男が1人、立っていた。人気のない廊下はひっそりと静まりかえっていて、虫の声1つしない。男は1度大きく息を吸って、吐いた。そして、意を決した様に扉を3度ノックした。低く応じる声が聞こえると、男は能面の様だった顔に笑顔を貼り付けて、扉を開いた。
「お召しに従い参上致しました」
男は跪き、息を詰めて言った。仄かな蝋燭の明かりに照らされたその横顔は精悍な顔立ちをしていた。
「……遅い」
豪奢な寝台に伏しているもう1人の男は不機嫌そうに言った。彼の顔色は悪い。青白い顔に、異様な程に生気を帯びた金色の瞳が爛々と光っている。
「申し訳ございません。……ご用件は? 」
「もう辛抱ならぬ。あれを連れて参れ」
苛立ちを隠そうともせずに、寝台の男は吐き捨てる様に命じた。もう1人の男は額に皺を寄せた。
「ですが」
「黙れ! ……漸く証人が手に入ったのだ。これでアレを黙らせられる」
反論を唸る様に怒鳴って封じた男はもう一度、連れて参れ、と繰り返した。
「御意に、ございます」
了承を返した男は跪いたまま下を向いていた。金色の髪が蝋燭の明かりを受けて輝いている。呟かれた言葉の意味を図りかねているのか、不可解そうな表情を隠しきれていない。
「それだけだ。下がれ」
彼は、控えている男には既に興味を失った様に言った。男は、御意、とだけ告げて立ち上がった。退室の礼をとって下がった男の唇は、寝台の弱い光に照らされ、よく見ると震えていた。




