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第16話

 一方ルーカスは重い足を引き摺るように少年グループの本拠地に向けて引き返していた。気分は最悪だ。その心情に共鳴するように雨まで降り始めていた。服は水を吸って色を濃くした。濡れた服と湿気が纏わり付いてきて気持ちが悪い。ルーカスは嫌な空気を振り払うように走り出した。


 頭の中で算段をつける。敵────いや、ルーカスの精神衛生を慮って標的と言うことにしよう───を殲滅するためにどう立ち回るべきか。1人の取り逃しもなく殺さなければならない。そう、殺さなければならないのだ。

「……よし」

ルーカスは小さく声を出し、両頬を掌で叩いた。


 色々と考え事をしながらも、足は自然と慣れた道を辿っていたらしい。ルーカスがふと気がつくと目的地はすぐそこだった。何度歩いたかも判らぬ道。この扉とて何度開けただろうか。でも、それも今日で最後。深呼吸して、扉に手をかけた。

「おかえり、ルーカス兄ちゃん! ……って、ラウラ姉ちゃんは? 」


 無邪気に少年に1人が駆け寄りながら尋ねた。ルーカスは困ったように笑ったが、何も答えなかった。ただ次の動きに備えて体勢を整えた。少年たちの中でも数人は既に異変に気がついたようだった。だが、彼らは攻撃しない。まさか、そんな筈がない、という思いが彼らの正常な判断を妨げる。そして、戦場ではそのタイムラグは命取りだった。


 ルーカスの刃が鮮血を散らせた。


 迷いなく横なぎにされたダガーは駆け寄っていた3人の喉笛を正確に掻き切っていた。信じられない、とでも言いたげに瞠目した少年たちは、自らを死に至らしめる少年を見た。先程までの笑顔は消えていた。ルーカスの表情に浮かぶのは、ただ“無”だった。


「なんで……? 」

ルーカスから離れた場所にいたためにその凶刃を免れた少年がポツリと尋ねた。ルーカスは目を伏せた。

「ごめんね。陛下のご命令は絶対だから。……せめて楽に殺してあげる」


 そして一気に跳躍した。また鮮やかな赤色が飛び散った。


 少年たちになすすべがあろう筈もなかった。ルーカスは度重なる戦闘でも生き残り、その能力とポテンシャルはヴァンチェンツォとベルナルドも認めたほどである。他方少年たちは、戦力外と判断され、領兵すらも放置した、それも10歳にも満たない子どもたちである。比較的年長の者でも、年少者や女の子を守りながら戦う彼らと本気で殺しに来ているルーカスとでは差は歴然だった。


 ルーカスは女の子も小さな子どもも躊躇なく手にかけた。その殺しぶりはさながら悪魔に魂を売り渡した狂人のようだった。最後に1人を残すのみとなった時、ルーカスは辺りを見渡した。一面が血糊で真っ赤に染まっていた。最後の1人はジュリオという名の少年だった。

「なあ、ルーカス兄ちゃん。最後に1つだけ教えてくれよ」


 ジュリオは縋るように言った。

「何で、何で俺たちを裏切ったんだ? 」


 ルーカスは視線を下に落とした。

「……国王陛下のご命令だからね。テロリストは殲滅せよ、ってさ」

「だから何で国王なんかに! 他の兄ちゃんたちはどうしたんだよ! ? 」


 ジュリオは慟哭した。彼には今のルーカスが全く理解できなかった。

「守りたいものを守るため。痛みなくして得るものなし、って言うでしょ? 」

「何だよ、その守りたいものって」

喉の奥から絞り出した様な声でジュリオは呟いた。


「……妹、だよ」

答えると同時にルーカスはジュリオの首を切り裂いた。視界が、また鮮烈な赤に染まった。


 ルーカスの他、誰も“生者”がいなくなったかつての彼の“家”でルーカスは崩れ落ちた。早くベルナルドの元へ向かわなくては。ああ、その前にこの血を落とさないとラウラを怖がらせてしまう。頭ではわかっていても、足は動こうとしなかった。


 ルーカスが人を殺したのは初めてではない。戦争中には、それこそ何人も斬り捨てた。人を殺すことにもはや罪悪感はなかった。寧ろ誇らしくさえ思っていた。自分の居場所や仲間を守った証だと思っていたから。行き場のなかった自分と妹を受け入れてくれた場所。色んなことを教え、可愛がってくれた兄ちゃんや姉ちゃんたち。兄ちゃん、ルーカス兄ちゃん、と後ろばかりついて来て、目が合うとニカッと笑っていた弟、妹たち。


 彼らは紛れもなくかけがえのない家族だった。


 足がすくんで動けない。頬に妙に生温い感触が伝って、ルーカスは手で乱暴に拭った。そうして初めて自分が泣いていることに気がついた。


 このまま、死んでしまえたら良いのに。そう思っている自分に気づいてルーカスは愕然とした。何があっても、何を犠牲にしてでも、生きなくちゃいけないのに。ラウラを、守らないと。それが出来るのは、俺だけなんだから。 何度自分に言い聞かせて、心を奮い立たせようとしても、涙が溢れて来るだけで。どれくらい泣いていたのか、自分でもよく分からなくなるまで、泣いた。



 俺は悪魔と契約した。

 俺の犯した罪は永遠に消えない。

 だから、せめて、生きなきゃいけない。泥水を啜ってでも、地面に這いつくばってでも。

 彼らの、かつての家族の死を、ほんの僅かでも意味あるものにするために。




 馬車に戻ったルーカスのを見て、ベルナルドは満足そうに笑った。

「そう、それでいい! やっと地獄に堕ちる覚悟ができたみたいだね? 」


 それを聞いたルーカスはにっこりと微笑んだ。彼の身体は完全に弛緩し、手のひらをひらひらと振ってみせさえした。

「当然! 俺はもうスラム街のルーカスじゃない。国王陛下の忠実なる犬&間諜のルチアーノだからね! 」


 ベルナルドはまた、それでいい、と言った。ルーカスの目には真っ青な顔をして震えているラウラの姿は映っていなかった。


 彼らは王都に戻った。ルーカスは正式に隠密部の一員となり、いくつかの研修を受けた後、任務に着手した。仕事内容は様々で、暗殺は勿論、大商人の脱税の証拠集め、色仕掛けを駆使した情報収集など、数え上げるとキリがない。ルーカスはどんな仕事でも大成功を持って帰れる間諜にはなれなかったが、なかなか堅実に成果を積み上げ、いつのまにかそこそこの古株になっていた。


 国王ティロンはルーカスを気に入ったようだった。任務と称してはルーカスに過去の事件を調べさせ、ルーカスの両親の殺害事件の詳細を────調査をしたのはルーカス本人であるが────追うことすら許した。その中でスラムを潰そうとした新たな領主は、ルーカスの両親を唆したあの子爵の弟だったことも判明した。


 一連の事件の最後にティロンは子爵の弟、現子爵の暗殺命令を出した。戸惑うルーカスには、自身の権力強化のためと説明していたが、真相は闇の中である。


 また、ティロンはラウラを養女に迎え、最高の療養環境を整えた。これには兄妹も驚いた。ラウラは王位継承権こそ持たないものの、王族として迎えられたのである。ラウラは王女の称号を固辞し、公主の地位と、領地として神話に出てくる架空の場所を賜った。ラウラのための離宮までもが与えられた。これはルーカスとの約束の象徴のような措置であった。ラウラに最高の待遇を保障すると同時にルーカスへの有効な人質とした。……王の娘を連れ出して逃げることは警備上不可能だから。


 時は流れ、ルーカスが22歳の時。ティロンは遂に初の国外任務を命じる。行き先はアーテル帝国。渋るルーカスにティロンは囁いた。

「あの子爵の奸計を唆したのは帝国の皇帝だ。勢力を広げるためにはどんな姑息な手でも使う奴でな。これ以上アレをのさばらせる訳にはいかんのだ」


 そして、ティロンは約束した。

「もしお前がこの任務を成功させれば、今後お前には長期の任務を与えない。公主の離宮に自由に滞在することも許そう」


 こうしてルーカスはアーテル帝国にやって来たのである。

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