第13話
ヴァンチェンツォは恐ろしく強かった。ベルナルドが制止をかけた時点で何とか立っているのは、マリアーノと副リーダーの少年、そしてルーカスだけだった。幹部以外の実力ある者たちが戦死していたという事情もあるが、幹部の名は伊達ではないといったところだろうか。
地面に転がっている少年たちの多くは首や腕や足があらぬ方向に曲がっており、泡を吹いていた。そうでないものは、腹部を押さえて横たわっている。まだ生きている者もいるが、放っておけばその内息絶えるだろうと思われる様子だった。
とは言え、立っている3人も決して無傷ではない。特にルーカスは口から血を流しているし、外傷も際立ってほとんど精神力だけで立っている。それにしても致命傷を避けただけでも称賛に値する。
「はい、お疲れ様ー! うんうん、思ったより残ったねぇ」
場違いに明るくベルナルドは言った。
少年たちは何も言わない。いや、言えないと言った方が正確だろう。殺される覚悟はしていた。それでも、これほど一方的に蹂躙された上で何故か自分たちだけ残された。目の前の相手への畏怖と自責の念に囚われて動けないのだ。
「疲れちゃったのかな? 大人しくなっちゃった。ま、いいや。これから君たちに選択肢をあげよう」
マリアーノが顔をあげる。不可解な言葉に引っ掛かりを覚えたらしい。自分の身体もボロボロになり、仲間の半数以上を喪ってもリーダーとしての矜持を失わない彼の姿はとても美しかった。その様子を見てベルナルドは笑みを深める。
「ひとつ。ここで死んでお仲間のところに行く」
マリアーノの表情が凍る。ふたつめ、とベルナルドは実に愉しそうに言った。彼は言葉を続けようとして、意外なものを見たような顔をして口を止めた。少年たちも思わず視線を追う。
そこに立っていたのは壮年の男性だった。豪奢な装いをしている彼は恐らく大商人か貴族なのだろう。カリスマ性とでも言うのだろうか、そこにいるだけで人目を集めるような圧倒的な存在感を放っている。
「あぁ、余のことは気にするでない。話を続けよ」
立派な口髭を蓄えた男はニヤリと笑って言った。
「陛下。このような所に…」
ヴァンチェンツォが即座に跪き、諌めるように言った。
「良いではないか。余の手足となるやもしれぬ者たちだ」
軽い調子で答えた男はどうやらこの国の最高権力者、国王ティロンであるらしい。思わぬ大物の登場に少年たちが硬直する。しかし、ここで跪くのは彼らのプライドが許さない。
ベルナルドは国王が目の前にいようがどこ吹く風で大あくびをしている。当然跪いてなどいない。
「あれ、陛下じゃん。どーしたんですかー? 」
「ピンツィ殿! 」
面食らったようにヴァンチェンツォが叫ぶ。ティロンは、良い、と一言で彼を宥めた。
「…ふざけるな」
やり取りを大人しく見守っていた副リーダーの少年は圧し殺したような声で言った。その場の視線が彼に集中する。マリアーノが少年の名を小さく呼んだ。少年は首を振って続けた。
「何が手足だ。飼い犬の間違いだろ…っ」
ヴァンチェンツォは殺気を放ったが、再びティロンが制した。ティロンの表情に浮かぶ感情は、愉悦だった。
「ま、予想はついたと思うけど一応言っとくね。2つ目の選択肢ってのはこれ。陛下に誠心誠意お仕えする。一生、ね」
「今のこいつのようにな」
ベルナルドの言葉に茶々を入れるように国王ティロンが言った。信じられない、とでも言いたげな顔でマリアーノがベルナルドを見た。ホントの話だよ? 、とベルナルドは笑った。その笑みは今までのものとは異質に思われた。
「さる高貴なお方に雇われてそこにいる陛下を暗殺しようとして、捕まって寝返ったってワケ」
最初に言葉を発したのはマリアーノだった。
「…俺には死んだ奴らを裏切るなんて出来ない。選ぶまでもなく1つ目だ」
副リーダーもそれに続いて言った。
「俺だって、アイツらに胸張れる生き方しか選びたくねぇよ。俺もマリアーノ兄ちゃんと一緒にここで死ぬ」
ざんねーん、と言いながらベルナルドはルーカスを見た。ルーカスには、お前はどうする、と暗に問われたような心地がした。2人の少年たちはルーカスが共に1つ目を選ぶと信じて疑っていなかった。ルーカス自身、そのつもりだった。その時頭を過ったのは妹のこと。
「…陛下。取引をしませんか」
少年たちは思わぬことを言い出したルーカスを信じられないものであるかのように見た。ヴァンチェンツォは生意気なことを言い出したルーカスを心底不愉快そうに睨んだ。だが、ルーカスは怯まなかった。
「お前にその価値があると? 」
面白がるような口調でティロンは問うた。
「こちらの条件を叶えてくださるのであれば陛下のために命を懸けて尽力するとお約束します」
ふ、とティロンは笑った。
「面白い。良いだろう。その条件とやらを言ってみよ」
陛下、とヴァンチェンツォが言った。ベルナルドは楽しげに彼の肩を叩いて首を振ってみせた。ヴァンチェンツォはため息を吐いた。
「妹の治療と心身の安全の確保を」
ルーカスは答えた。彼の頭で最大限考えた結果だった。単に治療を頼んだだけであれば断られる可能性も十二分にある。だが、心身の安全の確保、ということはある程度国王の息がかかった場所に妹を置いて貰うということである。それはルーカスにとっては諸刃の剣だ。彼に言うことを聞かせるための人質にラウラを用いることもできてしまうから。だからこそ、了承して貰える可能性は上昇する。彼はそう考えたのだ。
「意味が判った上で言っておるのか? 」
そして、それはティロンにも伝わったらしい。ティロンに逆らうことが許されない、そんな人生をこの先生きていく覚悟はあるのかと問うているのである。
「覚悟ならあります。何をしてでも、この手をどんなに汚してでも守ると決めたから」
ルーカスはティロンから目を逸らすことなく、はっきりと宣言した。
ベルナルドが堪えきれないとでも言いたげに満面の笑みを浮かべた。
「陛下、彼は僕に任せてくれませんかー? 才能はありそうだし、ね」
ティロンは思考のために沈黙することすらせずに、許す、と頷いた。
「お前の条件は全て叶えてやる。余の犬になる覚悟はできたか? 」
先程の副リーダーの言葉を面白がっているのだろうか、ティロンは敢えて“犬”という言葉を用いた。ルーカスは短く肯定を返す。
「その仕事内容に余の夜伽が含まれていても、か? 」
ティロンはルーカスの顎を右手で掴み、目線を上げさせた。ルーカスは一瞬ギョッとした顔をしたが、すぐに頷いた。
「構いません。ラウラ、妹さえ守っていただけるのであれば」
ティロンはふっと笑い、手を離した。
「その約束、違えるでないぞ」
ルーカスは跪き、頭を垂れた。
「国王陛下の御心のままに」
呆然と一連の会話を見守っていた少年たちだったが、話がひと段落したことで正気に戻ったらしい。
「まてよ! お前、俺たちを裏切るって言うのかよ! ? 」
副リーダーの少年が叫んだ。その瞳は、裏切りへの悲しみで濡れていた。
「おい、考え直せよ。あの時お前と妹を助けたのは誰だと思ってるんだ」
マリアーノは静かに言った。その声には静かな怒りが感じられた。
仲間、いや仲間“だった”者たちの声にルーカスは答えなかった。顔もあげず、振り返ることすらしなかった。
「あはは、新入り君。君の初仕事は何がいいー? とある子爵領のスラムのお掃除、なんてどうかな? 」
クスクス笑いながらベルナルドが言った。今までのルーカスであれば、顔色を変えて噛み付いたことだろう。“お掃除”という言葉が何を意味しているのか、判らないほどルーカスは無垢ではない。だが、彼は異を唱えることはしなかった。それどころか顔色1つ変えなかった。
「指示に従います。その前に安全な場所に妹を連れ出すことをお許しいただけるのなら」
ベルナルドは愉しそうに、勿論だよ、と笑った。
「ルーカス! 」
マリアーノが呼んだ。その声は慟哭のようだった。ルーカスは振り返らない。
「ほう、そなたの名はルーカスというのか」
少年たちを気に留めているのかいないのか、ティロンは暢気に言った。
「はい。…ですが、どうか以後はルチアーノと」
なぜだ、と問われたルーカスは答えた。たった一言だけ。
「全ての過去を断ち切るために」
それを聞いたティロンは心底愉しそうに笑った。判った、と了承を返す。
「ではそなたの活躍、楽しみにしておるぞ。…ああ、安心するが良い。伽の話は嘘だ。そなたの覚悟を確かめたかったまで」
ルーカスは黙って再び深く首を垂れた。




