第12話
行き先は告げられないまま馬車は発車した。ルーカスはひたすらにラウラの無事を祈っていた。
馬車は何度か停車した。そのたびに必要最低限の水と食料が与えられ、外に出ることは許されなかった。暗い馬車の中では日付や時間はよく判らなかったが、明らかに数日が経過していた。少年たちに動揺が漂う。彼らはてっきり領主の館に連れて行かれ、取調べを受けた後そのまま処刑されるものと思っていたのだ。
数日、ほとんど休みなく走り続けた馬車が止まった。少年たちはまた馬の交代か水や食料の補給のための停車だろうとタカを括っていた。水と食料の補給時以外には手足の拘束に加えて猿轡を噛まされていたため、会話は出来ないのであるが。
下りろ、と指示されて何かが違うらしいと少年たちはようやく悟った。よろめきながら外に出ると、領兵の男は猿履と足枷を取った。手錠を縄で纏めると、領兵の男は少年たちを無理矢理引っ張って歩かせようとしたが、バランスを崩した副リーダーの少年が足が絡れて転んだ。数日動いていなかった上に栄養状態も悪いのだ。やむを得ないと言えるだろう。
領兵は苛立ったように少年に歩み寄ると思いっきり殴り飛ばした。マリアーノやルーカスたちと繋がれているため身体が飛ぶことはなかったが、彼は強く頭を打ちつけた。呻く少年の腹を上から男は体重をかけて踏み潰した。幸い直ぐに足は退けたものの、少年は蒸せて胃液を吐いた。領兵はまた舌打ちをした。
領兵の苛立ちを察知したマリアーノは慌てて副リーダーの前に出た。
「申し訳ありません。俺の不始末です。罰なら俺に」
土下座する勢いで深々と頭を下げ、マリアーノは謝罪した。男はマリアーノの頬を強く張ると低い声で、次はないぞ、と脅した。マリアーノは、申し訳ありません、と繰り返した。男は鼻を鳴らすと、ついて来い、と言った。
ところで、なぜ路上で育った少年たちのリーダーが丁寧な言葉遣いを知っているのかと不思議に思うかもしれない。スラムにおいて他のグループと関わらずに生きていくことは不可能である。特に少年たちのグループは卒業後にギャングに進むことが多いため、偉そうな態度をとれば直ぐに殺されてしまう。だからこそ、最低限の礼儀は15歳までに叩き込まれるのである。
「ごめんなさい、マリアーノ兄ちゃん」
領兵には聞こえない小さな声で副リーダーの少年は言った。マリアーノは無言で首を振った。
「お疲れ様です、ご足労いただきありがとうございます! 」
先程までの不機嫌が嘘のように領兵の男は明るく誰かに声をかけた。その視線の先には似たような制服を着た男が2人いた。この時のルーカスたちは知らなかったが、それはカエルレラ王国の騎士団の制服だった。そして、連れて来られた場所は騎士団の訓練所であった。
カエルレラ王国ではアーテル帝国とは異なり徴兵制度は存在しない。というより、そんなものがあるのはルブラム王国───国民皆兵を掲げたこの大陸最強の軍事力を誇る国。農地も良い漁場も領土にないため、危険が大きいが利益も大きい他大陸との貿易を行う───とアーテル帝国くらいのものである。
閑話休題。
「うむ。ご苦労。こいつらが例の、だな? 」
「はっ。相違ございません」
「相分かった。お前たちは下がるが良い」
少年たちにはさっぱり意味の判らない言葉が交わされた後、彼らは王国騎士団に引き渡された。状況は変わらず判らないものの想像以上に事態は大きくなっていたらしい、と彼らは悟る。
「いやはや面白い面構えじゃないか! お前もそう思うだろ、ヴァンチェンツォ」
言葉通り、心底愉快そうに騎士の1人が言った。場にそぐわない明るい声を出す男に少年たちは警戒を強めた。もう1人の騎士は黙って首肯した。ヴァンチェンツォと呼ばれた彼は厳つい大男で、眉間には深い皺が刻まれていた。
「領兵を手こずらせるだけあるね。実に興味深いよ! 」
そして、ヴァンチェンツォの態度を騎士らしき男は特に気にとめた様子もなく、上機嫌に言った。彼は騎士にしては随分と小柄だが、立ち方に隙がなく、強者であることが伺えた。
「…さっさと拷問でも処刑でもすれば良いだろ」
マリアーノが圧し殺した低い声で言った。男は心外だとでも言いたげに目を丸くし、大袈裟に肩をすくめた。
「まさか。そんな勿体ないことはしないさ」
マリアーノの警戒レベルが跳ね上がる。それすら予測していたように楽しげに男は表情に愉悦を滲ませた。
「…ピンツィ殿」
青汁でも飲んだような顔でヴァンチェンツォが苦言を呈した。少年たちの精神状態を慮ったのか時間を浪費するのを嫌ったのか、はたまた別の理由なのかは判らないが。
「嫌だなぁ、気安くベルナルドと呼んでくれ給えよ」
騎士───会話から推測するに名はベルナルド・ピンツィというようだ───は、ヴァンチェンツォの背をバシバシ叩きながら言った。ヴァンチェンツォは無言を貫いていた。
「それじゃあ、君たちに頑張って貰う課題を提示しよう! 」
「課題…? 」
思わずルーカスは声を漏らした。ヴァンチェンツォは非難がましい目で彼を見た。ベルナルドは、よくぞきいてくれた、と喜びの声をあげた。ルーカスはヴァンチェンツォの視線の意味を理解した。
「課題。それは…このヴァンチェンツォと戦うことさっ! 」
少年たちは一瞬自分たちの名前の理解が誤っていたのかと錯覚したが、横のヴァンチェンツォが軽く頭を下げたのを見て自分達の理解が正しかったことを確信した。ベルナルドがあまりにも堂々としていたため、戦う相手は彼なのではないかと思ったのである。
「美しすぎる僕相手だと君たちが躊躇してしまいそうだからね。僕の優しささ」
最後の部分には投げキッスが付いていた。正面からまともに食らったマリアーノは露骨に顔を顰めた。
「ルールは簡単。今から君たちの拘束を解いてあげよう。そしてヴァンチェンツォと戦う。以上だよ」
副リーダーの少年がマリアーノの顔を窺う。
「そうだ! 言い忘れていたけど、君たちに拒否権はないよ」
愉しげにベルナルドを口元を歪めた。
「…もし断ると言ったら」
マリアーノが尋ねた。
「うーん、勿体ないけど処分するしかないなぁ。ちなみに、逃げても捕まるよ。賢い君たちなら判るだろ? 」
困ったような顔をして見せながら、ベルナルドは嗜虐的な笑みを浮かべている。くそ、とマリアーノが歯噛みした。
「判った。拘束を解いてくれ」
マリアーノは指示への服従を宣言した。
少年たちの拘束は全て解除された。
「1人ずつでも12人纏めても好きにしていいよ。ただし、手は抜いちゃ駄目だよ? 本人は勿論だけど、君たちの本拠地に残ってるお仲間も処分しなくちゃいけなくなるからね」
少年たちの顔色が変わる。それでいい、とベルナルドは笑った。
お気づきの方いらっしゃると思いますが、タイトルとあらすじを変えました。実験的措置なので、戻すかもしれません。




