第11話
兄妹はスラムの中でスクスクと育ち、運良く領兵に見つかることもなく11歳になった。
このグループには明確な文章にはされていないものの、いくつかの掟があった。
その最たるものは、16歳になったら卒業するという掟である。卒業後は男子は大抵スラムをシマにしているギャングに入る。女子はそれぞれであるが、娼婦になるか誰かの妻もしくは拾われて金持ちの愛人になることが多い。
また、グループには常時リーダー、副リーダーをそれぞれ1人と補佐3人から構成される幹部を置くこと、幹部の決定には従うこと、といった掟もある。リーダーは15歳、副リーダーは14歳、補佐はそれぞれ11〜13歳から1人ずつ選ばれ、欠員が出ると繰り上げの形で交代が行われた。
今年のリーダーはマリアーノ───ルーカスたちを拾ったあの少年───である。ちなみにルーカスたちが最初に通された部屋はリーダーの部屋という訳ではなく、幹部のミーティングルームであった。幹部はリーダーを含めて5人。つまりあの部屋にあった椅子の数だ。
その他には、年上のメンバーは「名前+兄ちゃん(姉ちゃん)」と呼ぶこと、といった慣習等がある。
さて、ラウラは相変わらず人見知りであったが、少年少女のグループの中ではある程度打ち解けて話すようになっていた。彼女は5年間で何度か大きな発作を起こしたが、幸い大事に至ることはなく過ごしていた。しかし、スラムの不衛生な環境が災いしたのか、発作の頻度も大きさも年を経るごとに悪化していった。
ルーカスは交渉や戦闘のセンスを発揮し、11歳枠の幹部にまで上り詰めていた。何故そういった能力が必要になるかというと、スラム内外の他勢力との衝突が頻発するからである。話し合いで解決できるのであればそれで十分であるし、それで解決できない時には安易にグループに手を出さないように苛烈な攻撃が必要になるからである。
そして、最近少年たちには大きな問題が持ち上がっていた。
「マリアーノ兄ちゃん、まただ! 今度はシモーネとロベルトがやられた! 」
大きな声をあげて年若い少年たちが幹部の部屋───現在在席しているのはマリアーノとルーカスの2人───に入って来た。またかよ、とマリアーノは呻いた。
やられた、というのは孤児の“保護”のことである。2ヶ月前に就任した新たな領主はスラム一掃を掲げており、領兵たちを使って、手当たり次第にスラムに住む者たちを“保護”し始めた。保護とは言っても収容施設に放り込んで強制労働をさせられるのである。
その衣食住環境は劣悪で、スラムの方がまだマシだ、と命からがら脱走してきた別のスラム出身の少年は証言した。その少年は厳しい折檻の所為で深い傷を負っており、その傷が原因でルーカスたちと話をした数時間に死亡した。彼は最後まで仲間たちの名をうわ言のように呼び続けていた。
彼のもたらした命懸けの情報は周辺のスラム街に瞬く間に広がった。
そんな領主の横暴を許すものか、とスラム中で反発が起こった。領兵の姿を見かけると普段のグループの垣根を越えてスラムの住人同士助け合い、追い返そうとするようになった。実際それは初めはうまく行った。油断し切っていた領兵たちはスラム住人の猛攻にすごすごと引き下がった。
しかし、数人纏まったところで結局は荒くれ者程度の素人である。対策を取って再び現れた領兵相手に歯が立つ筈がなかった。
グループとしての対処は後手に回らざるを得ず、それに対するメンバーの不満が溜まってきていることにもマリアーノは気づいていた。そして何より彼自身、領主の横暴に対する反発をこれ以上堪えることが困難になって来ていた。
「なあ、俺もうこれ以上は我慢出来ねえよ」
「俺もだ。マリアーノ兄ちゃん、俺らも戦おうぜ」
マリアーノは言葉を詰まらせた。グループの存亡とメンバーの命、それからプライドを天秤にかけているのだろう。暫く黙った後に、マリアーノは低い声でハッキリと言った。
「これより俺たちはこの戦いに参戦する。幹部は直ちに全員集合、作戦を立てる」
一拍遅れて歓声が起こった。
「開戦だ! 」
「領主に目にもの見せてやろうぜ」
「俺たちの場所を守れ! 」
ルーカスも嬉々として作戦会議に参加した。これほど自分が幹部になれたことを誇りに思ったことはなかった。彼より年上のメンバーですらほとんど参加できない会議にルーカスの椅子があるのだから!
両親を守れなかったことにルーカスには後悔を抱えていた。あの日に戻ることが出来たとしても守れた筈はない。今の身体のまま戻ってもそれは変わらない。子ども1人で複数の成人男性相手に立ち回れる筈がない。それは彼自身よく理解している。それでも、後悔を捨てられずにいた。
だからこそルーカスは思ったのだ。
もし、ここで今の家族とも言える仲間たちを、今のルーカスとラウラの居場所を守ることができたなら。両親を守れなかった自分の後悔も晴らせるのではないか。
そして彼は祈った。
神よ。どんな神でも良い。もし本当に神がいるのなら。もう一度貴方を信じさせてください。いやいっそ悪魔でも構わないから。俺の居場所を、俺の家族をお守りください。
グループとしての戦闘の火蓋が切って落とされた。
少年たちはギャングに入った先輩たちから本格的な戦闘技術・暗殺技術を学んだ。幼い容姿で油断させる術も、機動力と土地勘を活かして細い路地を縦横無尽に駆け回る術も。どんなメンバーも必死に戦う術を身に纏った。彼らの居場所を守るために。
ルーカスも含めて、ほとんどの少年たちは勝利を確信していた。自分たちが負ける訳がない、と。愚かにもそう信じていた。
結果は無情だった。
滅多に開かれない総会が開かれた。少年たちの数は4分の1近くに減少していた。参加している中にも傷ついてボロボロの者がいた。あまりの痛みに泣き叫ぶ者もいた。喪った命に啜り泣く者もいた。
敵う訳がない相手だったのだ、そうマリアーノは言った。その上で覚悟を決めたように言った。
「逃げたい奴は逃げろ。…グループと命運をともにする覚悟がある奴は俺と最期まで戦ってくれ」
ルーカスは唇を噛んだ。
最早ここまでか、と歯噛みする。これ以上家族を喪うのはごめんだと心の中で声がする。もう良いじゃないか、ここで死んだとしても。だが、ルーカスが死んだらラウラはどうするのだろう。ラウラだけは生き延びて欲しい。しかし、彼女は1人では生きていけない。では逃げるか。逃げればラウラの命は繋げるかもしれない。でも、逃げるとは言え何処へ逃げると言うのだろう。あては何処にもないのに。
「ルーク」
ラウラが小声で呼び、ルーカスの服の裾を引っ張った。
「枷にはなりたくない。ルークの手で私を殺して」
ルーカスは息を呑んだ。妹にそこまで言わせてしまったことへの後悔と僅かな迷いが生まれる。
「ルークが幸せなら私も幸せ」
ルーカスは目元が熱くなるのを感じた。視界がぼやける。それは双子の妹を手にかける覚悟を決めたからではない。何があっても妹だけは喪わないように、何を犠牲にしてでも守り抜く決心をしたからである。
それは、状況によっては、ルーカスの第二の家族とも言える大切な仲間たちを見捨て、裏切ることを意味していたから。
結局逃げた者は1人もいなかった。逃げ場がない、ということもあれば、死んでいった仲間たちがいる手前、自分だけ逃げ出す訳にはいかないという彼らのプライドもあった。
「これから俺たちは最期の戦いに入る。最後の1人になるまで抵抗して、1人でも多くの敵を殺す。良いな」
気合いの入った叫びが建物中に響き渡った。
その直後から少年たちは籠城戦に突入した。息を潜めて、たまに食料を集めに行く者以外は誰1人として外に出ることなく、ひたすら体力を温存する。効率の問題と、食料不足が危機的なまでに進行しているからである。
そして、遂に1週間目のある日。
扉が轟音を立てて破られた。少年たちは直ちに戦闘態勢に入る。屋根裏から奇襲をかける者。正面から戦闘するもの。奥から物を投げつける者。戦うことが不可能な者たちは奥の部屋に隠され、それ以外は全員死に物狂いで立ち向かった。
程なくして少年たちの拠点は制圧された。
生き残った少年たちは一列に並ばされた。ここのトップは誰だ、と領兵は尋ねた。俺だ、とマリアーノが名乗り出る。その領兵の釦がルーカスの目に止まった。因縁の、金色の釦。ルーカスは目を見開いた。領兵たちは指揮系統や規模、生存者の人数などを淡々と確認していく。
「では、10歳以上の男は前に出ろ」
一瞬迷ったが、ルーカスは一歩前に進み出た。幹部の中でも生き残っているのはマリアーノと副リーダー、ルーカスの3人だけだった。10歳以上の男と言っても残っているのはたったの12人だった。
「ではお前たちは全員大人しく着いてこい。後は野垂れ死ぬなり自害するなり好きにしろ」
領兵は横柄に言った。逆らう気力は少年たちからは既に奪われていた。ルーカスは隣の少年に囁いた。
「ラウラに生きろって伝えて。それが俺の幸せだって」
判った、と少年は小さく頷いた。そして、ルーカスは拘束され、護送用の馬車に詰め込まれた。




