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第10話

更新が遅れて申し訳ありません。既出部分の手直しをしていたらこの時間に……。

 惨殺された両親、そして従業員たちの死体が転がる家をどうやって抜け出したのか、ルーカスはよく覚えていない。ただ、ラウラに見せてはいけないと彼女の目を塞いで移動したことだけを覚えている。


 深夜の暗闇の中、それも雨が降り注ぐ中、ルーカスはラウラの手を引いて歩いた。早くどこかに身を隠さなくては、と焦る一方で、幼い子どもに行くあてなどあろう筈もない。自然と足は両親と共に歩いたことのある道を辿っていた。


 真夜中であるから、当然人の気配はない。僅かな物音にも心臓を跳ねさせるながら、ルーカスはあてもなく彷徨い歩いていた。


「おい、お前たちこんなとこで何をしてる? 」


 不意に声をかけられたルーカスは飛び上がった。勿論心の内の話であって、実際には肩を震わせただけであったが。まさかもう追手がかかっているのだろうか、とルーカスは不安になる。ちらりと隣の双子の妹を伺ったが、ラウラの顔は暗がりの中見えなかった。


 声をかけてきた人物が近づいてきた。ルーカスは硬直した。妹だけでもどうにかして守れないだろうか、と思案したが、6歳の子ども、それも動揺している頭でまともな判断は望めそうもなかった。


「おい、俺の言葉、判るか? 」

今度は少しゆっくり目に、単語単語で区切ってその人物は言った。意外にも姿を現したのは年若い少年だった。年の頃は10歳前後といったところだろうか。


 ルーカスはどう返事したら良いものか判らず、少年の目をじっと見ていた。少年は舌打ちをした。

「何で外人のガキがこんなとこに……。服はまともだしな、親が探してんじゃねえか? 」


 思わぬ方向に進んでいく話にルーカスは困惑したが、取り敢えず彼は悪い人ではなさそうだと判断した。

「どうしたもんか……。アドリアーノ兄ちゃんのとこに連れてくか……? けど、入れ違いになってもまずいよな」


 ブツブツ呟きながら考えている少年にルーカスは、あの、と恐る恐る声をかけた。少年は勢いよく振り返った。

「つれてって。おかあさんもおとうさんもみんなしんじゃったの」

ハッとした顔で少年はルーカスたちをマジマジと見つめた。

「死んだって……。マジかよ」


 うん、とルーカスは頷いた。活発で外を歩き回っていたルーカスとは違い、身体が弱いため家族や従業員、医術士以外の人と会ったことがないラウラは完全に人見知りを発揮していた。


 そもそもラウラは異様な雰囲気は感じ取っていた筈だが自分の目で両親の死を確認していないため、実感が薄いのかもしれない。ルーカスとて両親の死を実感出来ているわけではない。興奮状態にあるからこそこれだけ動くことが出来ているだけのことである。


「判った。俺には判断出来ねえから、一回リーダーのとこに連れてく。……そっちは妹か? 」

「うん、ふたごのいもうと。ラウラっていうんだ」

判った、ともう一度少年は頷いた。こっちだ、と声をかけて少年はゆっくりと歩き出した。ルーカスは身を硬くしたラウラの手を引いて後を追った。


 少年に着いて行った先は独特の空気感が漂っている場所だった。異臭がするし、ゴミもそこらじゅうに散らばっている。ルーカスがこれまで行ったことのあるどの場所とも全く違う場所だった。そこは世間一般ではスラムと呼ばれる場所だった。


 少年は迷いない足取りで進み、ある建物の前で立ち止まった。朽ちかけているボロボロの壁には何箇所も木の板が打ちつけられていた。少年は建て付けの悪い扉を力を入れて開け、中に入ると手招きした。


 ルーカスとラウラがそこに足を踏み入れると、そこは広い空間だった。ルーカスたちと同じくらい、あるいはもっと年下の子どもたちが20人弱集まっていた。男子が多いようだったが、女子もちらほら混ざっている。


「マリアーノ兄ちゃん、そいつらは誰? 」

1人の男の子が大声で言った。少年────マリアーノというらしい────は、先にアドリアーノ兄ちゃんのとこに行ってくるわ、と答え、更に奥に進んだ。ルーカスはラウラの手をギュッと握り、行くよ、と声をかけると奥に向かった。


 マリアーノは広間の奥の扉の前に立つと、几帳面に3回ノックした。

「アドリアーノ兄ちゃん、マリアーノです。孤児っぽいやつを近くで2人見つけたんだけど……」

中から、入って、という声が聞こえた。


 兄妹がマリアーノに連れられて部屋に入ると、そこは会議室のような場所だった。椅子の数は5つ。円卓に並べられていた。その椅子や円卓もボロボロであるのだが、今は椅子に座っているのは15歳程の少年だけだった。


「アドリアーノ兄ちゃん、この2人なんだけど……」

アドリアーノと呼ばれたその少年は無遠慮に2人を見つめた。そして首を振った。

「こいつら、どう見ても普通の子どもだろ。孤児にゃ見えねえよ」


 けど、とマリアーノは食い下がった。助けを求めるようにルーカスを見る。

「おとうさんもおかあさんもさっきころされた。いきてるのはぼくとラウラだけ」

ルーカスは震える自分を叱咤して言った。アドリアーノは、まじかよ、と目を見開いた。

「ラウラはからだがよわいの。おねがい、なんでもするからたすけて」


 ルーカスがどんなに腹に力を込めて言っても、声が震えるのは止められなかった。マリアーノが、アドリアーノ兄ちゃん、と縋るような目線を向けた。アドリアーノは暫く黙って思考していたようだが、やがて重々しく口を開いた。

「ここに入ったら暴力からは守ってやる。身体が弱いってんなら医術士に診せるのは無理だがみんなで世話することは出来る」


 しかし、アドリアーノの表情は暗いものだった。

「だが、ここでの生活は楽なもんじゃねえ。犯罪……あー、まあ簡単に言うと悪いことだ、もするし、デカくなったら人殺しだってするかもしんねえ」


 ルーカスは口を一文字に引き結んだ。ラウラは俯いている。

「女は子どもの世話とか家事が多いが……。場合によっちゃ客を取ってもらうこともある」


 アドリアーノはルーカスとラウラがキョトンとしているのを見てとると、まあその辺はおいおいな、と付け加えた。

「領兵のとこに行きゃ一般の孤児院に入れる。……ま、環境は良くねえし、アイツらも信用ならねえけどな。それを知った上でここに来んのか? 」


 ルーカスは言われたことをよく考えた。領兵のところに行って孤児院に入る、というのが彼らにとって最も良い選択肢のように当時のルーカスには思われた。


 だが、両親を殺害した人物の正体はまだ判っていないのである。ルーカスたちが隠し棚の中から聞いた声は恐らく成人男性のものだった。ここのリーダーがアドリアーノということは、アドリアーノ以上の年齢の構成員はいない筈だ。ここにルーカスの両親を殺した男たちはいない可能性が高い。


 領兵……は頼りになる存在だとルーカスは教えられていたが、アドリアーノは信用ならないという。どちらが正しいのかは判らないが、領兵の中にあの男たちやその知り合いがいる可能性はここにいるより高いような気がした。


「ぼくは……ここにいたい」

遂にルーカスは言った。ルーカスがラウラを伺うと、ルークがそう言うなら、と蚊の鳴くような声でラウラは言った。


 恐らく声は聞こえていないのだろうが、アドリアーノとマリアーノも雰囲気でラウラの同意を悟ったのだろう。目線を交わして、頷いた。


「OK、これでお前たちは俺たちの仲間だ。改めて、リーダーのアドリアーノだ。よろしく」

「俺はマリアーノ。よろしく頼むぜ」


 ルーカスは未だ警戒心を解いてはいなかったが、相手を信頼しきったような笑顔を貼りつけて言った。

「ぼくはルーカス、こっちはいもうとのラウラです。よろしくお願いします」


 こうしてルーカスとラウラは安寧の日々から一転、死や危険と背中合わせの日々を送ることになった。


 現実的に考えれば、スラムに住んでいるのは少年たちだけではなかったし、治安から考えれば一般論的な正解は領兵のところに行くことであっただろう。


 しかし、()()()()()ルーカスの判断は正しかったことになる。領兵の詰め所に行けば、彼らはきっとすぐに殺された筈であるから。



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