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第9話

ルーカスはカエルレラ王国のとある子爵領の領都で商会を営む両親の元に生を受けた。両親は中々のやり手で、最近流行りの商会として領主邸にも出入りしていた。他国からも仕入れのルートがあり、珍しい衣服や菓子などを販売していた両親の商会は、特に領主夫妻の幼い1人息子に気に入られ、売り上げは上々だった。


ルーカスには双子の妹がいる。名をラウラという。ラウラは生まれつき身体が弱く、定期的に発熱を繰り返し、発作が起きると咳が止まらなくなる症状に幼い頃から悩まされてきた。ルーカスには当たり前のように出来た、飛んだり跳ねたり走ったりといったことがラウラには難しかった。


ちなみに、ルーカスの両親はジェミニ教の熱心な教徒だったため、ジェミニ教の聖地であるアーテル帝国の言葉で、双子神の両方に共通する要素である“光”を意味する名を与えたのである。ラウラの名は父方の祖母が娘が生まれたら付けたかったらしい名前を受け継いだ形である。


忙しい両親はルーカスによく言い聞かせた。

「ラウラを守ってあげなさい」

「あの子を守ってあげられるのはあなただけだからね」



実際問題、両親がいない時でも商会の大人が2人の面倒を見てくれていた。ルーカスの両親とて本気でそう言っていた訳ではない筈である。ともすればすぐにラウラを置いて走って行ってしまいがちだった息子に、病弱な娘を少しでも気にかけてもらいたいという親心だったのだろう。


ある夜のことだった。その日は珍しく両親は揃って夕食の席に姿を現した。


いつも寂しい思いをさせてごめんね、と両親は兄妹を抱き締めてハグと頬へのキスをした。彼らはかつてなく上機嫌だった。その理由はすぐに明かされた。

「ラウラの薬が手に入りそうなの」


とっておきの秘密を打ち明けるように母親は言った。そのお祝いを兼ねていたのだろうか。その夜の食事は豪華だったのをルーカスは覚えている。


風の強い日で、外ではずっとガタガタと音がしていた。だから、最初は異変に気が付かなかったのだ。


ルーカス一家が異変に気がついたのは、玄関の扉が破壊された音が家中に響いてからだった。両親は顔色を変え、兄妹を壁にしか見えない一角にあった隠し扉を開け、そこにあった大きな戸棚に隠すと、外に人がいなくなるまで決して出てこないように言い含めた。訳も判らずルーカスとラウラは頷いた。


外で言い争う声が聞こえた。続いて大きな呻き声。低い声と、高い声。続いて聞き覚えのない野太い声が飛び交った。

「餓鬼が2人いる筈だ! 探せ! 」

「ちっ、どこに行きやがったんだ」


ルーカスは必死に神に祈った。彼は両親に連れられて行った教会で見た双子神の彫刻を脳裏に描いた。


邪悪なるもの、不信心なるものに怒りの鉄鎚を下す厳格な太陽神ソル。清廉なるもの、信心深きものに救いの光を注ぐ慈悲深い月神ルナ。どうか、どうか、敬虔な信者たる両親をお救いください。


ルーカス本人でも自身が具体的に何と祈ったのか覚えてはいない。ルーカスも当時は幼かったためここまで本格的なお祈りは出来なかったに違いないのだが、心境としてはそう大きな違いもあるまい。


男たちは長い間捜索を続けたが、ついに隠し扉の存在に気付くことはなかった。


どのくらい時間が経ってからだっただろうか。男たちは荒々しく音を立てながら出て行った。ルーカスとラウラには何ヵ月も経ったように思われたが、実際のところは恐らく数時間だったのだろう。


男たちが出て行ってから暫く経って、ルーカスは引き留めるラウラを制して扉を内側から細く開けた。目の前の窓から外が見えた。薄暗かった外は真っ暗になっていた。部屋はルーカスから見える範囲だけでも酷く荒らされていた。


男たちはいないようだ。安心したルーカスは小さく両親を呼びながら扉をもう少し押し開いた。


瞬間、稲光が走った。部屋が明るく照らし出された。少年だったルーカスの目に飛び込んだのは血の海に沈む、変わり果てた両親の姿だった。


ルーカスはひゅっと喉を鳴らした。手が震えているのを自覚する。ルーカスはそれまでこれ程多くの血液を見たことはなかった。部屋には暗闇が戻ってきたが、ルーカスの目には惨状が焼き付いていた。視界に入れた瞬間、鼻を突くような鉄錆の臭いが嗅覚を刺した。血は既に固まっているようだった。


ぴくりとも動かず、顔色は真っ白、奇妙な体勢で身体が固まっている。庭師のお爺さんが亡くなった時と同じだ。


彼は両親が既に息絶えていることは直感的に理解した。


幼気な子どもが────そして恐らく敬虔な信者だった両親も────あれだけ必死に祈ったというのに、神は無情にも彼らを見捨てたのだ!


このとき初めてルーカスは神という存在を憎悪した。ルーカスと、そしてラウラから一度に両親を奪っておいて、厳格な筈の太陽神は雲隠れして姿を見せず、慈悲深い筈の月神は白々しい顔をして夜闇を照らしていた。


妹が何度も彼を呼んでいることには気づいていた。ルーカスは、ラウラはきちゃだめ、と妹を制止した。妹にこれを見せてしまえば発作が起こるかもしれない、そう思ったのである。


どうしよう、と辺りを見渡した彼は僅かに差し込む月光に反射して光るものを見つけた。引き寄せられるように近づくと、それは金色のボタンだった。彼は反射的に血糊を拭ってそれをポケットに仕舞った。


理由は特になかった。何故だか拾わなければならないような気がしたのだ。


しかし、いつまでもこうしてはいられない。いつ先程の男たちがまたやって来るともわからない。ルーカスは途方に暮れてしまった。


そんな時、両親の声が聞こえた気がした。

『ラウラを守ってやりなさい』

『あの子を守ってあげられるのはあなただけだからね』


「ラウラは、ぼくがまもらなきゃ」


それが、ルーカスが自らの生きる理由を定義した瞬間だった。ルーカスとラウラ、共に6歳の時の出来事だった。


……当時のルーカスは知らなかったが、両親が手に入れようとした薬というのはとても高価なものだったらしい。どんなに安く手に入れたとしても、金貨20枚は下らなかった筈である。いくら両親が勢いのある商会の代表だったとしても到底手に入らない品物だったのだ。


娘を助けてやりたい、出来ることなら何でもしてやりたい。そんな両親の思いに付け込んだ男がいたという。


彼は、ルーカス一家が暮らす領地を持つ子爵の異母弟であった。子爵とは年が離れており、その子爵がなかなか子どもに恵まれなかったため、その後継者となった。しかし、数年後事態が急変する。子爵に子ども、それも男の子が生まれたのだ。このまま男の子が大きくなれば子爵の位を継ぐことが出来ないのではないか、そう危惧した男は強硬手段に出たらしい。


彼は、子爵の息子が気に入っていたルーカスの両親の商会に目をつけた。彼らの事情を調べ上げ、取引を持ちかけたのだという。

「娘さんの薬は工面する。その代わりにちょっとした頼みがあるんだ」


その取引の内容とは、とある菓子を子爵の息子に食べさせて欲しい、という趣旨だったらしい。

「兄上は私のことを警戒している。だが、私は誓って甥に敵意は持っていないんだ」

男は白々しくもそう言ったという。

「信頼しているお前たちの献上品ならば食べてくれるかもしれない。そして、次の取引の時にあれは私からの献上品だった、と言って欲しいんだ」


亀裂の生じた兄との関係を修復する手伝いをして欲しい、そう男は頼み、それを信じたルーカスの両親はそれを請け負ったようだ。


いや、やり手の商人だった両親は本当は男の胡散臭さに勘づいていたのかもしれない。それとも娘を助けたい一心のあまり目が曇っていたのか。それも今となっては判らないことではあるが。


そして、ルーカスの両親は受け取った菓子を献上した。毒味役にも特に異常はなく、子爵の息子も、美味しい、と喜んでその菓子を食べたという。


しかし、その菓子を食べた毒味役と子爵の息子は、ルーカスの両親がその場を辞した数時間後に相次いで死亡した。菓子に混ぜられていたのは遅効性の毒だったのだ。


愛する息子を突如として喪った子爵は悲しみにくれたが、それ以上に毒入りの、それもご丁寧に遅効性の毒を混ぜた菓子を献上した商人への怒りを爆発させたらしい。


子爵は息子に対する殺人は大逆罪であるとして、3親等以内を全員死刑にするよう領兵に命じた。そう、ルーカスの家に押し入ったのは領兵だったのだ。ルーカスが拾ったボタンは領兵の制服から取れたものだった。


これらの話をルーカスが知るのはまだまだ先のことになる。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ルーカスが貴族を憎む理由…なるほど。 感情がよく伝わる描写は見事です。 [気になる点] 子供のルーカスの視点を描くこと、またなぜ襲われたか当時は知らなかったという背景…非常に難しい書き方…
[良い点] 人間として厚みがあるキャラクタを形作る過去の一端が丁寧に描写されています。本話に限らず描写がとても丁寧で、雰囲気がとても素敵です。
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