五章 いつかの邂逅
展開が遅くて申し訳ないです。
続きになります。
「おーい・・・なあ、起きろって、おい赤城起きろ!」
「・・・・・・んだよ殺すぞ」
「凶暴すぎるだろ・・・次、移動教室だぞ。早く準備しろよ」
「・・・現代文なのにか?」
「違えよ化学だよ、今日実験の日だろ?いつまで寝ぼけてんだ」
「ん・・・あれ今って何限・・・・・・?」
「四だよ。まさかお前、今の今までずっと寝てたのか?」
四限・・・・・・って、え?うわ、もうそんな時間かよ。
待って、朝のHRから記憶がない。マジで寝てたじゃん。
「マジかよ・・・・・・」
「いやこっちのセリフ。早く準備しろって、あと五分しかないんだから」
「お、おう」
太田に急かされて大慌てで教材を揃え始めた。
マジかよ何で誰も起こしてくれなかったんだ。特に教師、お前らはそっとして置いちゃまずいだろ。
・・・よし、とりあえず準備はできた、が。
「オッケー?よし急・・・・・・おいおい」
出入り口の扉の前で呆然とする太田を横に廊下を見ると、教室前が体操着を着た他クラスの生徒で賑わっていた。
隣のクラス、さっきまで体育だったのか。
おいおい急いでんのに、勘弁してくれよもう。
「なんで今になって混むかな・・・」
「お前が初っ端から起きてりゃスムーズに移動できただろうが。しょうがねぇ・・・!」
まるで映画のワンシーンかの如く、先陣を切って人の流動に逆らい始めた太田。まあ掻き分けて行くしかないよね。
そして俺も後に続く。
・・・・・・だあクソ、何時間も突っ伏して寝てたから身体バッキバキだ。動きづらいなチクショウ。
こうなるなら保健室のベッドで寝ておけばよかった。
「ちょ、ごめん」とか言いつつ、人にぶつかりながらモタモタやっていると、一瞬もしないうちに太田の姿が見えなくなってしまった。
「太田、ちょい待っ———うおっ?!」
ようやく見えた人混みの間を抜けようとした矢先、袖がどこかに引っ張られて体がよろけてしまった。
すると何処からともなく喋りかける声が聞こえてきた。
「赤城君、貴方いつまで寝ているんですか?」
「は・・・?寝て・・・・・・いや今起きたけど・・・。てか何だよ急に、今忙し・・・い・・・んだけど・・・・・・」
声の主はなんと意外にも榛名真昼だった。
思わぬ人物の語りがけに、迫り来る時間と喧騒の煩わしさがどこかへ行ってしまった。
「貴方が眠ったまま起きないので、少し強引に聞いてしまいました。すみません」
「お、おう・・・?」
いつの間にか掴んだ袖を離して、彼女はそのまま流れるままに教室へ行ってしまった。
何が何やら分からんが、今それどころじゃないのを思い出し、化学室へと急いだ。
「遅えよ何してんの」
「体動かねえんだよ・・・ああ疲れた」
「てか来る途中誰かと話してなかったか?」
「ああ、すれ違いざまになんか言われたけど、よく聞こえなかった」
「あ、そう」
説明が面倒なので若干の食い違いが混じっているが、あの榛名の言葉は端から端までまるで意味が分からなかった。聞こえなかったも同然だろう。
大急ぎのなか化学室の引き戸を開けると、先生も含めて全員が配置に付いていた。
気まずい視線の中そそくさと入り込み、測ったようなタイミングでチャイムが鳴った。
「遅いですよ?もっと早く準備してください」
「すみません・・・・・・」
間に合ったのになんか小言を言われた。
これは別に悪口じゃないが、理系の先生って必ずと言っていいほど融通の聞かない人が一人はいるイメージがあるんだけど、これって全国共通なの?
行事に一切の関心すら無くただ飄々としているし、何なら卒業式ですらこの調子のままな可能性もある。
感情どこ行っちゃったの。
「社会に出るとギリギリでは手遅れな場合が必ずあります。次からはもっと早く準備するように」
「はい・・・」
高校二年のガキが社会の在り方なんて知るわけないだろ。
クソ、もっと早く起きてりゃよかった・・・・・・。
♢
三限まで眠り更けていたにも関わらず、退くことを知らない睡魔との熾烈な闘いに見事白星を収めた俺は、昼休みを告げるチャイムの音色を聴くや即座に活力を取り戻した。
実験の最中、水酸化ナトリウムの入った試験管を落としそうになってガチで焦った。
学生にあんな劇物扱わせるなっつの。
とは言え今日のスケジュールは午後になればもはやこちらのもの。この後の五、六限は体育と物理。好きな教科の二点セット詰め合わせとなっている。
それに物理は先生がとても優しく面白い方なので、毎回楽しみなくらいだ。得意科目ということも合わさって本当に良い時間を過ごせる。
俺はようやく訪れる平穏を美味しい弁当と共に噛み締めていた。
「次の体育って何やるんだっけ?」
「あれって今日は種目選択じゃなかったか?」
「あ、そっか。なら今回は自由かもな」
この高校の体育は二年になると、秋季から初冬までの持久走を除いて、一ヶ月周期で選択の球技をするだけの授業となっている。
したがって、月初の選択の日は種目が決まったら残りの時間で自由に運動ができる。
何して遊ぼっかな。
気がつけば寝不足の身体はどこかへ去っており、今では飯を頬張りながら腑抜けたことを考えていた。
そんな骨抜きの時間も束の間。さっきから不自然なほど周りの音が耳に障ると思ったら、何やら教室内の視線がが廊下の方に釘付けになっていた。
「なんだ、廊下に誰が居るのか?」
「みたいだな。こっからじゃよく見えないな」
この廊下に面した壁際からでは死角になってさすがに見えない。
様子が気になるが、どうせ自分らには関係ないだろうと事の成り行きを伺いつつ、昼食を摂る手は止まらなかった。
すると、どうやら渦中を引き起こした人物がこの教室に入って来るのが見えて、思わず手が止まった。
「おや、ここに居たんですね。やはり中に入って正解でした」
「・・・・・・えっと、榛名さん・・・だよな?俺らに何か用事でもあったり・・・?」
この騒ぎにおける台風の目の正体は、榛名真昼。噂に事欠かない彼女ならば、この事態を引き起こしても何ら不自然はない。
驚くべきはこの教室に足を踏み入れたこと、そんでもって俺らに用事でもあるかのような口ぶりで話しかけてきたことだ。そりゃ食べる手も止まる。
「はい、赤城君を少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え?ああ、俺は構わないけど・・・おい赤城、どういう事だよ」
「俺が聞きてえよ。第一接点なんてないんだから」
「ありますよ。とにかく来てもらっていいですか?時間も限られているので」
「まだ行くとは言ってない」
「来ないと言うのであれば、強行手段に出ます」
「ほう?まさかその華奢な体躯で俺をここから引き摺り出そうとでも?」
「まさか・・・仮に私が今貴方に弱みを握られていて、それをネタに脅されている体で私たちが邪な関係を持っていると吹聴すれば、貴方も忽ち有名人の仲間入りでしょう」
「嘘八百すぎんだろ・・・そんな話誰が信じるってんだよ」
「私は自分の評判に無自覚なほど視野狭窄ではありません。この学校という空間、ひいては私と貴方との立場において、皆さんは一体どちらを信用するか・・・言わなくても分かりますよね?」
やべぇコイツ・・・見た目以上に悪どい。
何がタチ悪いって、俺だけならまだしも同時に太田を牽制していやがる。
その意は話が他に漏れればお前も潰すぞという警告。
見ろ、太田が口を半開きにして榛名を見つめながらガタガタ震えているじゃないか。ちょっとおもろいわ。
それはさておき、学年一の有名人に絡まれた上、脅しまで掛けられているこの面倒な状況・・・ひっくり返すことは容易じゃないが、不可能な話でもない。
嘘を嘘で返すも良し、事実を話してこのクラスの信用を頼るも良し、とにかく各方面で抗う術があるわけだが、後々のことを考えるとその気すら湧かん。
簡潔に言えば誤解を正すのが物凄く面倒くさいってこと。
黙ってついて行けば良いじゃんって思うかもしれないけど、そういう問題でもない。
面倒事と目立つ行為、俺はこの二つがどうしても受け入れられないんだ。
なのにこの女と来たら、呼び出しを拒否られるのを分かってなのか知らんが、食い気味に面倒を盾にして迫ってきやがった。
もはや榛名に絡まれた時点で、敗北は既に決していたわけだ。誠に遺憾です。
「・・・・・・飯を食った後でもいいか?」
「ダメです、蓋を閉じて弁当ごと持ってきてください。数分で終わる話でもないので」
「はあ・・・分かった。悪い、ちょっと行ってくるわ」
「お、おう・・・」
終始状況を読めずにいた太田を置いて、周囲の視線を浴びながら教室を後にした。
数年前も花粉に対する憤りの旨を綴った記憶がございますが、現在でもその感情の勢いは変わらず加速の一途を辿っております。
いやあ本当にこの季節は口呼吸で喉がおかしくなりそうですよ。
というわけで、今回でようやくセリフが出ましたヒロイン枠の榛名真昼でございますが、いかがでしたでしょうか。
初登場回にしてそれなりの腹黒っぷりですが、一応メインヒロインです。
挨拶も手短にいたしまして、また次回お会いしましょう。