王子のお見舞い
「ああ、退屈」
ケガも治り、記憶が一部ないだけですこぶる元気な私が、屋敷の外に出られないという拷問にあっている。
先程までは、ヴィートが遊び相手になってくれていたのだが、残念ながら楽しい夢の中へと旅立ってしまった。
中庭で一人、お茶の時間を過ごす。木陰に用意されたテーブルに、よく冷えた果実水。爽やかな風が吹き抜けて気持ちがいい。それでも退屈なものは退屈なのだ。
「ジェシー、しりとりしましょうか?」
傍にいる侍女にそんな提案をする。
「ほんの数分前にいたしましたよ。お嬢様が同じ言葉をおっしゃって負けました」
超がつくほどの笑顔で言うジェシー。
「じゃあカードゲームは?」
「しりとりの前にいたしました。二人でババ抜きという無謀な遊びを」
ジェシーったら辛辣。
「もうっ。退屈死するわ」
「そんな死に方ありますか?と言いたいです」
ジェシーが意地悪。
すると、一人の侍女がジェシーの方へと近づいてきた。なにやら話をすると、ジェシーが私の方を見た。
「お嬢様。第一王子殿下がお見舞いにいらっしゃったそうですが、いかが致しますか?」
「第一王子殿下が?」
「はい」
「知り合いだったの?私」
「私にはわかりませんが、会う機会はあったのではないでしょうか」
「そっか、それもそうね。せっかくいらしてくれたんですもの。お会いするわ」
「はい、ではそのように」
にこやかに笑ったジェシーはもう一人の侍女にその旨を伝える。
着替えて支度を整え、応接室の扉をノックする。先程の侍女が中から扉を開けてくれた。
「初めまして、エレオノーラ・マッツォレーラです」
少しだけ簡略的に挨拶をする。そしてゆっくりと顔を上げれば、窓の光を反射させて輝く金髪をした美しい青年がいた。あれ?前にもこんな光景を見たような……思わず首を傾げてしまう。
「初めまして。フィリベルト・アルファーノです」
まただ。彼の名前を聞いた途端、胸の奥に小さな痛みが走る。そして、何故か挨拶をした彼の海のような青い瞳が悲し気に揺れたように見えた。
それがどうしてなのか、気になった私から目を逸らすように、彼がソファの後ろから何かを出した。
「お見舞いを持って来たんだ。気に入ってくれると嬉しいのだけれど」
彼が手にしていたのは、薄い紫や淡いピンクや白などでまとめられたバラの花束だった。
「綺麗……」
何故彼は私の好きな色合いを知っているのだろう。淡い色の花が好きだと、誰かから聞いたのだろうか。
「ありがとうございます」
そっと受け取った花束は、とてもいい香りがした。
「いいんだ。ごめんね。こんなことくらいしかしてあげられなくて」
そう言った王子殿下の瞳はやっぱり悲し気だった。
「そんな。こんなに綺麗な花束をくださったのに、そんな風におっしゃらないでください。私、好きなんです。こういう色合いの花。本当に嬉しいです」
「そう言ってもらえると私も嬉しいよ」
花をジェシーに渡して生けてもらう。
「ところで、ケガの具合はどう?」
「はい、もうすっかり治っております。大事をとって今は屋敷から出ることはかないませんが」
「そうか。退屈なのかな?」
「……そうですね。甥っ子と遊ぶくらいしか楽しみがありませんので」
「甥っ子君は喜んでいるんだろうね」
「喜んでくれていると思いたいです。今は昼寝していて確認できませんが」
「はは、そうなんだ」
「私で良ければ、いつでも話し相手になるよ」
海の青に真っ直ぐ見つめられる。
「そんな。一国の王子殿下にそんな事は」
「いいんだ。私がそうしたいと思っているのだから」
なんだろう?この瞳に見つめられると少し落ち着かなくなってしまう。
「あの、では、殿下のお時間のある時に……」
「約束だよ。何をしようか?次までに何かしたいことがあったら教えて。多少の無理なら内緒で叶えてあげる」
人差し指を口元に当て、ウィンクするフィリベルト王子にくらっとしてしまう。
「ありがとうございます。楽しみです」
恥ずかしくなりながらも素直にお礼を言えば、フィリベルト王子の瞳が一瞬、大きく見開かれた。
「ああ。私もなんだか楽しみになってきたよ」
それからは魔法の話や、たわいもない会話を楽しんで、フィリベルト王子は帰って行った。エントランスまでお見送りしようとすると手で制された。
「ここでいいよ。君はまだ一応、病み上がりなのだから」
少しだけ意地悪な口調で言う王子に笑ってしまった。
「ふふふ、わかりました。病み上がり、ですもの」
「そうだよ。また来るよ。そうだな、次は何か美味しいものを持って来よう」
「わあ、楽しみです」
「じゃ、またね」
そう言ったフィリベルト王子は応接室を出る直前、くるりとこちらに振り返った。
「エレオノーラ嬢、手に触れても?」
「どうぞ」
手を差し出せば、そっと指先を握る。そしてその指先に優しくキスを落とした。
「では、また」
そして私の顔を見ることなく去って行ってしまった。でもそれで良かったのかもしれない。どういう訳か、私の瞳から涙が流れてしまっていたから。




